一方、世帯年収500万円未満の世帯の割合は、伊勢崎線沿線(31~38%)では全国平均(33%)と同程度ですが、田園都市線沿線では17~21%という低い水準です(図3)。

図3 世帯年収500万円未満の世帯の割合同書より転載 拡大画像表示

 このように、田園都市線沿線はアッパーミドル層が厚く、伊勢崎線沿線は中間層が厚いという構造が見て取れます。

「街をつくった東急」と
「人を運んだ東武」

 2つの沿線の違いを決定づけたのが、私鉄各社の沿線開発戦略です。

 東急は田園都市構想の集大成として、神奈川県内の多摩丘陵で多摩田園都市の開発を主導。田園都市線の延伸(溝の口~長津田:1966年)と併せて住宅地と商業施設の一体開発を進めることで、都心で働くホワイトカラー層を惹きつけ、東急沿線に住むこと自体を1つのステータスへと高めたのです。

 対する東武鉄道は、自社で高級住宅地を開発するのではなく(東上線の常盤台などの例外あり)、東京と北関東を結ぶ「大動脈」として成長させる道を選びます。

 東洋一のマンモス団地と言われた日本住宅公団(現在のUR都市機構)の松原団地をはじめ、沿線では安価な住宅の大量供給によって人口が急増。鉄道会社としては地下鉄への直通、長編成化、複々線化、駅前商業施設の整備といったインフラ強化を進めることで、沿線価値を高めてきました。

 このように、首都圏の鉄道沿線は、地形的な特徴や開発の経緯を背景に、異なる住民層を魅了しながら成長と発展を続けてきました。

 その違いが、人や街並みの違いとなって表れ、中央林間発久喜行きを乗り通したとき、「空気」の違いとして感じられるのかもしれません。