普通の人のふりをする――発達障害の当事者が「擬態」と呼ぶそのふるまいは、学術の世界では「社会的カモフラージュ」と呼ばれ、うつ病や不安症のリスクを高めることが指摘されている。ADHDの当事者であるなちゅ。さんの新刊『ADHDの母が伝えたい 生きづらい女の子が覚えておきたいこと』(ダイヤモンド社)と、その医療監修を担当した本田秀夫氏による対談。今回は、この「擬態」を解くための方法論にせまる。(構成/藤田美菜子、ダイヤモンド社書籍編集局)

対談

「擬態」以外の生き方を知らない人たち

――なちゅ。さんの本には「擬態」という言葉が繰り返し登場します。

本田秀夫(以下、本田) 学術的には、自閉スペクトラム症の領域で2010年代の半ばあたりから「社会的カモフラージュ」という言い方が広く知られるようになりました。

要は、普通の人っぽく振舞うということですね。それを当事者の方々は「擬態」と呼んでいるんです。

いわゆる「ぶりっこ」や「猫かぶり」と違うのは、それをしないと人間失格だと思い込んで、必死にやってしまうところです。選択肢のひとつとしてやっているのではなく、これしか生き延びる道がないと思ってやっている。それが、うつ病や不安症のリスクを高めると指摘されています。

多少のライフハックとしての擬態はやっても構わないけれど、自分の人格の根底にまで響くような擬態の仕方はまずい。素の自分でも構わないと思える部分をきちんと残したうえで、あくまで世渡り術として使う。そのバランスが大事だと思います。

――なちゅ。さんもご本の中で、擬態に警鐘を鳴らしてらっしゃいますね。

なちゅ。 そうですね。ただ、私たちは子どもの頃から擬態のやり方しか教わっていないんですよ。家庭でも学校でも、「これが常識だから」「これがマナーだから」と、当たり前のこととして教えられる。それは、自分に合ったやり方ではない。でも、それしか知らないし、そのやり方しか教えられないから、ひたすら擬態の経験だけを積み重ねる。そこから外れる経験は一切積まないまま、大人になっているわけです。

だから、そこで「自分らしく生きましょう」と言われても、何もわからない。一生懸命、「ふりをする」生き方を続けてきて、そこから外れたときに何が起きるかもわからないのに、「よし、やってみよう」とは、なかなか思えないですよね。

でも、そんなとき、本田先生がよくおっしゃる「発達障害の特性があっても“障害”にはなっていない人たち」――つまり、特性を持ったままいきいきと生きている人たちがいて、その人たちがこんな外れ方をしている、というモデルケースがたくさんあればあるほど、「ちょっと外れてみよう」はやりやすくなるだろうなと思うんです。

それが、私がずっとSNSで発信を続けている理由でもあります。自分の子どもたちや次の世代ばかりでなく、もっといろいろな人の目に「いきいきとした発達障害の当事者」が映ることが、社会にとってすごく意味があることだと思っているんです。

「バレなければいい」から始めよう

――「ちょっと外れてみよう」は、どこから始めればいいでしょうか。

なちゅ。 私も、いきなり外れることができたわけではないんです。「ちょっとだけずれてみるか」と試して、様子を見る。何も起きない。「いけるいける、もうちょっといける」となって、また少しずらす。その繰り返しで10何年もかかっています。

だから、この本を読んで「よし、明日から外れるぞ」とはならなくていいと思っていて。ちょっとずつ、様子を見ながら進めてもらえたら十分です。

ただ、擬態には必ず限界がきます。そうなる前に、この本が手の抜きどころ、擬態からの外れ方を少しずつ練習するきっかけになったらいいなと思います。

――ご本は「身だしなみ」の項目から始まります。いきなり人間関係で擬態を解くのはリスクが高いから、まず身の回りで小さな成功体験を積んでいく、という順番でしょうか?

なちゅ。 ちょっとずつ擬態を外していくには、観察するしかないんですよ。観察というのは、まず「自分」を見るのが一番早い。自分は常にそこにいますから。それで「ここまでならいけるな」という感覚を掴んでいく感じです。身だしなみは、最初の観察の対象としてはちょうどいいと思います。

ところで、本田先生は、2日か3日に一度しかお風呂に入らないとおっしゃっていましたが、私は毎日入るので(笑)、本にも「お風呂に入らなくていい」とは書いていません。そのあたり、どこまでなら大丈夫という明確な基準はないのですが、まあ、バレなかったらいいわけですよ。

本田 結構バレないもんですよ。みんな、他人のことなんて見てないですから。

なちゅ。 そう。「バレんかったらええやろ」ということは、世の中にすごくたくさんある。法に触れたり、誰かを傷つけたりするのはダメだと思いますけど。今回書いた話の中で、一番自分で気に入っているのが、トイレで生理用ナプキンを交換せずにそのまま使い続けるというやつ。その話を娘にしたら「そんなことしてんの」って引かれました(笑)。でも、自分にしかわからなければ、それでもまったく問題ないわけですよね。そんな感じで「ここまでいける」を掴んでもらえればと思います。

[著者]
なちゅ。
1980年生まれのワーキングマザー。発達障害(ADHD:注意欠如多動症)当事者。中学生と高校生の娘、そして夫も発達障害の特性を強く持つ。長女の発達障害診断をきっかけに、発達障害やそれに関連する分野の独学を開始。以来15年以上、自らの発達障害や子育てについてXを中心に情報発信を行う。仕事でも、障害福祉分野でマネジメント担当をしながら、個人事業主として講師業やスタートアップのサポートに従事。なかでも、自身の経験を活かした発達障害の親子のケアに力を入れている。

[医療監修]
本田秀夫(ほんだ・ひでお)
医師・信州大学医学部教授
1988年東京大学医学部卒。医学博士。専門は発達精神医学。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 教授。信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部 部長。長野県発達障がい情報・支援センター「といろ」センター長。