「習近平以後」を意識させる相次ぐシグナル

 健康不安説、引退説、軍上層部の空洞化、長老をめぐる憶測など、これだけの「弱体化シグナル」が国内外で語られる中、習氏が前面に出しているのがアメリカとの関係安定化である。

 中国国内でも、アメリカ大統領と対等に会談する映像は国家主席の外交力を示す政治的効果を持つ。習氏としても、ホワイトハウスでトランプ大統領と握手する映像には大きな意味があるだろう。

 習氏が国連総会への出席よりワシントンでのトランプ大統領との首脳会談を優先し、中国企業代表団も米国入りする予定なのは象徴的だ。9月24日にはワシントンで米中首脳会談が行われた。

 米中貿易摩擦は中国経済にとって大きな外圧の一つであり、そのトランプ大統領との関係安定化を演出できれば、経済面だけでなく国内政治上の効果も期待できる。

 ただし、これだけで長期的な安定が得られるとは限らない。それでも習氏にとって重要なのは、2027年秋に予定される第21回党大会をどのような権力構造で迎えるかである。

 習氏はこれまで、反腐敗運動などを通じて党・軍の幹部を相次いで処分し、権力集中を進めてきた。しかし、粛清を繰り返すだけで権威を補強できるとは限らない。

 毛沢東には革命の神話があり、鄧小平には改革開放の実績があった。習氏には反腐敗、軍近代化、技術自立などの政策実績がある一方、毛沢東や鄧小平に匹敵するほどの統治の物語が確立されているとは言い難い。

 だからこそ、「習近平以後」を考える動きが党・軍のどこかで始まっていたとしても不思議ではない。

習近平体制は本当に揺らいでいるのか

 本稿の分析は、確認された事実の上に複数の推論を重ねた構造になっている。隠蔽体質に陥った中国の不透明さを考えれば、これは分析上、避けがたい。

 では、こうした健康不安説や引退説が繰り返し流通することを、習一強体制の強さと弱さのどちらから読み解くべきなのか。

 軍上層部では異常な規模の粛清が続き、中央軍事委員会は事実上2人しか残っていない。国家安全部長はAIによる「政治安全」と情報漏洩への警戒を強く訴え、CIAは人民解放軍内部に直接情報提供を呼びかけている。

 これらはそれぞれ別々の出来事であるものの、一つの仮説を置くと違った景色が見えてくる。

 いま中国内外で「ポスト習」を想定した動きが、すでに始まっているのではないか。

 党内・軍内・長老ネットワーク、そして外部勢力が「ポスト習」を考え始めているとすれば、中国政治で起きている不可解な現象の多くが説明できる。

 この巨大な地殻変動は、日本企業が直面するサプライチェーン再編や、台湾海峡をめぐる地政学リスクの前提を根底から変える可能性を秘めている。少なくとも、そう考えるとバラバラに見えていた断片が、太い一本の線で繋がってくるのである。

(評論家、翻訳家、千代田区議会議員 白川 司)