私が、小説を書くようになったのも、初めは、小説を書いて世に出ようと思ったのではありません。ちょっとしたはずみに、思わず、小説のようなものを書いてみるようになっただけのことです。
このように、人生のことは「弾み」によって、思いもかけないおもしろい結果が現れることがあるものなのです。
引き算ではなく
足し算の人生でありたい
欲を言えばきりがない。ないものを数えるのではなく、この与えられた幸福に感謝したい。引き算ではなく足し算の人生でありたい。人間はいくつになっても生きる限り、することがあるのである。この年齢になって、自分の出来る仕事があることは何というしあわせであろう。これからも幸福な明日の日を夢見て、元気に暮らして行きたいと思っている。
仕事に行き詰った
弟子にかけた言葉
自分で作るものである
これは、私の体験から出てきたことばで、意味は別にありません。字の通りです。よく弟子などが、きものの図案など、仕事に行き詰まり、私には、能力がないから、ダメだ、出来ないと悩んでいる時に、私はきまってそう申します。私自身この言葉を何度自分に言いきかせてきましたことか。
まだまだほんとうの力を
出し切ってはいない
『宇野千代のことば 書いて、恋して、おしゃれして』(宇野千代、平凡社)
私の持っている現在の力は、氷山の一角にしか過ぎない、とすれば、水中の奥深く隠されている力は、どれくらいであろうか。私はいま、81歳の老人であるけれども、そんなことは何でもない。まだまだ、ほんとうの力を出し切ってはいないのだから、と、毎日毎日、精出して仕事をしている。
人生において、自分の持っている能力がどれくらいあるものか、試して見ることくらい、愉しいことがあるでしょうか。
どんな人にも
才能が眠っている
いまあなたの上にあらわれている能力は氷山の一角。真の能力は水中深く深く隠されている。その深く隠されている能力を掘り当てるとね、どんな人でも才能ってあるものですよ。
実は、誰にでも小説は書けるということが私の持論なのです。まあ才能にもよりますが、それとチャンスもありますね。私は昔から運のよい人間だと自分で思っています。皆さんもそう思ってください。今からでもいいですから、思ってください。必ずよいことがありますから。







