私が「何が変わったんですか」と伺うと、Nさんは口癖が変わったと教えてくれました。

 これまでは何か不満なことがあるたびに「またか」だった。いまは「来た来た」になっている。

 そしてこんなことまで話してくれたのです。

「いまは『イライラビンゴ』をつくっています。今日はあの制度にイラッとした、あの一言にモヤッとした。そうやって印をつけていって、1日でビンゴになったら帰りにケーキを買う。そんなルールで暮らしています」

図表 イライラビンゴ同書より転載 拡大画像表示

悩みの種を見つけても
苦しさを感じにくくなった

 思わず笑ってしまいました。悩みで遊んでいるのです。でもこれはすごいことだと思いました。悩みが減ったわけではありません。ご本人いわく、むしろ悩みの種に気づけるようになって、前より見つかる数は増えている。なのに、苦しそうではないのです。

 同じ悩みが来ても、迎える言葉が「またか」から「来た来た」に変わっただけ。ただの文字の違い。それなのに「職業人生はここからです」と言い切れるところまで来ている。

 では、Nさんの中で、何が変わったのでしょうか。

 考えてみると不思議です。悩みの量が増えたのに、同じ人の同じ悩みなのに、前より軽い。だとすれば、悩みの重さは悩みの量だけでは決まっていないことになります。

 Nさんが、答えを教えてくれました。

「前にあんなにイライラしていたのは、心のどこかで『悩みは消えるべきだ』と思っていたからなんですよ」

 悩みは消えるべきもの。減らないとおかしい。ちゃんとした自分なら、ゼロにできるはずだ。

 これを聞いて、私は自分のことを言い当てられたようでドキッとしました。

 悩みが減らないと焦る。ずっと残っていると「なんで自分だけ」と思う。その「消えてほしい」という願いが強いほど、悩みが減らないことそのものが新しい苦しみになっていく。悩みそのものより、「悩みが消えない」ことに苦しんでいたのです。