幼いときの苦痛で
困難に強くなれるのか
高校教員を経て、教育についての批判的研究を行うアルフィー・コーンは、こうした考えを、「それに慣れるのがよい(Better Get Used To It)」を略して「BGUTI(ブグーティ)」と呼ぶ。ちょっと分かり辛いので、ここでは「失敗主義」と呼んでおこう。失敗主義を一言で言えばこうだ。
子どもに将来降りかかるであろう辛いことに対して備えさせる最善の方法は、幼いときから多くの苦痛を体験させるようにすることにある。(コーン 2019, 106)
このようにまとめると失敗主義がどれほど馬鹿げているかよく分かる。本当に苦痛を体験すればするほど、これから先の辛いことに対応できるようになるのだろうか。これに対して、心理学者のアーサー・コムズは次のように反論する。
多くの一般の人々や教師たちが持つ誤りの一つに、世界は大変厳しい場で、人は失敗することがあるのだから、子どもは早いうちに失敗を経験すべきだ、とするものがある。〔……〕しかし、この考えは間違った前提に基づいている。実際は、人が効果的に失敗に対処できるようにする最良の保証は、それまで基本的に成功してきたことである。人が自らを有能であると知るのは、失敗からではなく成功からである。強靭さや適切な対応能力は問題にうまく対処することを通じて養われるのは確かであるが、それを学び取るのは、失敗体験によってではなく、失敗を避けることに成功することによってである。(Combs 1999, 123)
シンバルの成功体験が
他の打楽器にも生きた
これを聞いて、自分の人生を振り返って、なるほど、と思う人もいるはずだ。自分が失敗してきたものから学ぶというより、成功体験に基づいて、別のことを学んでいくのが、自然な人間のやり方なのだ。
例えば、私は、中学生のときに吹奏楽部で、打楽器をイチから学び始めた。打楽器というのは小太鼓や大太鼓、銅鑼やコンガ、トライアングルや木琴・鉄琴など、いろいろな種類があり、鳴らし方が千差万別ではある。だが、私はあるとき、シンバルのうまい鳴らし方に気づいてから、他の打楽器の鳴らし方についてもパッと分かるようになった。







