株式投資をしている人ならば、バークシャー・ハサウェイという名前を聞いたことがあるだろう。著名投資家ウォーレン・バフェットが長らく会長兼CEOを務めていた会社だ。だが1960年代、同社は赤字続きの小さな織物会社にすぎず、バフェットが経営権を握ったのも、ささいな「怒り」がきっかけだった。本連載では、その顛末を描いた『ウォーレン・バフェットはこうして最初の1億ドルを稼いだ』から、割安株で損をしないための投資術をお伝えしていく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

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「安いだけの株」に潜む罠

 PBR(株価が、会社の持ち物の価値の何倍かを示す数字)が低いからと買った株が、何年たっても上がらない。割安株投資をしている人なら、一度はこんな経験があるのではないだろうか。

 本書は、世界で最も有名な投資家ウォーレン・バフェットが、若いころに手がけた投資を案件ごとに振り返る一冊だ。その中に、バフェット自身が「とんでもなく愚かな」と認める失敗談がある。

 舞台は、今では世界有数の大企業になったバークシャー・ハサウェイだ。

 実はこの会社、バフェットが株を買い始めた1960年代には、赤字続きの小さな織物会社だった。本記事では、バフェットの失敗と立て直しの過程から、割安株投資で損をしないための教訓を読み解く。

0.125ドルで狂った投資計画

 1962年12月、バフェットは自ら運用する投資組合(仲間から集めたお金をまとめて運用する仕組み)で、同社の株を1株7.5ドルで買い始めた。当時、会社の1株当たり運転資本は10.25ドルあった。運転資本とは、すぐにお金に換えられる資産から、近いうちに返す借金を引いた額のことだ。

 その頃のバークシャー株は、500円玉が入った財布が約370円で売られているような状態だった。

 バフェットの狙いは、師匠のベンジャミン・グレアム(割安株投資の生みの親とされる人物)から学んだ「タバコの吸い殻」投資だった。道端の吸い殻でも、タダで拾えば一服分は得をする。同じように、ひどく安い株を買い、少し値上がりしたら売って次の安い株へ移るという手法だ。

 バークシャーの社長だったシーベリー・スタントンは、工場を閉鎖しては、その売却代金で自社株買いを繰り返していた。自社株買いとは、会社が市場に出回っている自分の株を買い戻すことだ。バフェットは、この自社株買いに応じて株を売り、利益を確定させるつもりだった。

 1964年春、スタントンから売値を打診されたバフェットは11.5ドルと答え、話はまとまった。ところが数日後、会社が株主全員に示した買い取り価格は11.375ドルだった。約束より0.125ドル安かったのだ。

 怒ったバフェットは株を売るのをやめ、逆に猛烈に買い増した。1965年春には発行済み株式の38.6%を握って経営の主導権を奪い、後にはおよそ7割を持つまでになる。本人は後に、このとんでもなく愚かな決断のせいで、投資組合の資産の25%超を、ほとんど何も知らないひどい会社に突っ込むことになったと語っている。

 しかも、帳簿の上では豊富に見えた運転資本は、蜃気楼だった。会社の資産2200万ドルはすべて織物事業の運営に使われていて、余ったお金はなく、250万ドルの借金まであったのだ。

赤字会社を立て直した3つの手

 織物の経営を知らないバフェットが頼ったのは、ケン・チェイスという40代の製造部長だった。

 工場見学の案内役を務めた彼と2日間じっくり話し、率直で信頼できる人物だと判断したのだ。1965年、バフェットはチェイスを社長に据え、工場の運営をすべて任せた。

 一方、バフェット自身が担ったのは、会社のお金の使い道を決めることだった。そして、チェイスの成果を売上高や生産量ではなく、別のものさしで測ると伝えた。それが「使用資本利益率」である。

その利益を出すためにどれほどの株主資本が投下されたのかを考慮に入れなければ、利益の大きさを見るだけでは不十分だという理屈だ。つまり、本当に重要なことは使用資本に対する利益率だ。(『ウォーレン・バフェットはこうして最初の1億ドルを稼いだ』より)

 例えるなら、同じ年10万円の利益を出す屋台でも、元手100万円の屋台と1000万円の屋台では、前者のほうがはるかにお金を上手に使っている。利益の額だけを見ていては、この違いに気づけない。

 そのうえでバフェットは、過去の成績が悲惨だった織物事業への追加投資をほとんど認めなかった。チェイスが在庫や設備を売ってお金を浮かせ、配当も抑えたことで、会社には少しずつ資金がたまっていった。最初の2年間は黒字になったが、本書によれば、合成繊維の市場がたまたま上向いた幸運も手伝っていたそうだ。

 ためたお金の行き先として、バフェットは織物以外の業界も視野に入れていた。1966年の年次報告書では、織物業界ではない会社を買う可能性にも触れている。

資本を再配分せよ。企業は投資先を自分が事業を展開している産業に限定する必要はない。ほかの産業の方が使用資本利益率が高いかもしれない。(『ウォーレン・バフェットはこうして最初の1億ドルを稼いだ』より)

 報酬の面でも工夫があった。バフェットはチェイスに自社株1000株を買う機会を与え、年収3万ドルだった彼に購入資金1万8000ドルを貸した。株価が上がれば、社長も株主も一緒に得をする仕組みである。

割安株を選ぶ3つのチェック

 著者は、この一件から得られる第一の教訓として、次のように書いている。

感情的になってはいけない。バフェットは自らの怒りが原因で、穴に転げ落ちている企業の株式の七割を保有する羽目に陥った。(『ウォーレン・バフェットはこうして最初の1億ドルを稼いだ』より)

 さらに著者は、バフェットは運にも助けられて穴から抜け出せたが、もっと上質な会社から始めていれば結果はさらに良かっただろうと指摘する。安いという理由だけで買った株が、思わぬ重荷になることもあるわけだ。

 ここから、個人投資家が割安株を選ぶ際に使えるチェックを3つ考えてみたい。

 1つ目は、利益の額だけでなく、ROE(株主が出したお金に対してどれだけ利益を上げたかを示す数字)の推移を見ることだろう。使用資本利益率とまったく同じ指標ではないが、会社がお金を効率よく使えているかの目安になる。

 2つ目は、会社が稼げない事業にお金をつぎ込み続けていないかを確かめることだ。バークシャーの前社長は、見込みの薄い織物事業にこだわって投資を続け、業績を悪化させていた。

 3つ目は、買う前に「いくらで売るか」を書き留め、感情が動いたときほどその計画に従うことかもしれない。

 本書は、「能力が高く誠実な経営者」は極めて重要だとも説く。バフェットは良い仕事をした人を必ず褒め、事業から撤退する場面でも従業員への誠意を怠らなかった。礼節を重んじるその評判は、重要な経営資産になったと著者は述べている。

 世界有数の企業は、水たまりに落ちた吸い殻のような会社から始まった。安さだけに飛びつかず、能力が高く誠実な経営者がいる会社を選ぶ。遠回りしたバフェットの経験は、その大切さを教えてくれているのかもしれない。