靴履きで家宅へはいる官憲像が
新聞の紙面を飾っていた

 もう少し古い例を紹介しておこう。図25-2を見てほしい。1875年8月の新聞報道でつかわれた錦絵である。

図25-2 『郵便報知新聞』1875年8月、図25-3 『片おもひ』挿絵同書より転載 拡大画像表示

 某芸妓が暑さにたえられず、腰巻一枚となり縁側で団扇をばたつかせた。これを巡査が見とがめる。肌の露出を禁じた違式詿違条例にもとると判断した。そして、そのまま連行しようとする。

 ひどい話である。上半身を裸にしたまま警察署へつれていくことじたいが、同条例違反となりえよう。

 近所の人たちは芸妓をかばった。せめて、浴衣を着せることはできないか。また、細帯ぐらいはまかせてやりたいと言う。ひきたてるのなら、それからにしてほしいと懇願した。これを巡査もうけいれ了解したという報道である。錦絵はその図解であった。

 じっさいに、巡査が図のように土足で家へあがろうとしたのかどうかは、わからない。ただ、もうこのころには靴履きのまま家宅へはいっていこうとする官憲像はできていた。成立していたからこそ、こういう図柄の絵も新聞の紙面をかざったのだと考える。

 ただ、すべての刑事や巡査が、いつも同じようにふるまったわけではない。土足でのふみこみが多かったのは、事件発生直後の現場であった。それ以外の聴きこみや訪問などでは、たいてい靴をぬいでいる。それなりに、住み手のことはおもんぱかってもいたのである(図25-3)。

わざわざ「靴を脱ぐ」
警部の行動は例外だった

 こういう説明に、いわゆる刑事ドラマのひいき筋はあきれるかもしれない。事件現場へ刑事たちが土足のままあがっていく。いわゆるガサ入れでも、靴をぬいだりしない。そんなのはあたりまえのことじゃないかと、言われそうな気がする。ミステリー小説の愛好家からも、同じような反応がかえってこよう。