例えばある上司が若手社員を抜てきしたとする。その社員が大活躍すれば「あの人は人を見る目がある」と言われる。ところがすぐ辞めたり、不祥事を起こしたりすれば、「なんであんな人を採ったんだ」と言われる。

 心理学では、こうした傾向を「結果バイアス」と呼ぶ。人はある判断を評価するとき、その判断がなされた時点で得られた情報よりも、最終的にどういう結果になったかに強く引っ張られる。

 途中まで成功していたとしても、直近の評価が失敗となれば、過去の実績や評価がどうあれ、ガラリと評価は変わってしまう。人間は結局「その人を評価している」のではなく、「その人について直近で起きた出来事」を評価しているだけなのだ。

菊池風磨に突き刺さる
稲盛和夫の格言

 今回の菊池の場合、それがよく表れているのが山田涼介らの過去の発言だろう。猪俣が問題を起こした現在から振り返れば「人として変わっちゃう」「手綱を握らないと」という言葉は、まるで将来を予見していたかのようにも見える。しかし、何も起きていなければ、その発言がここまで注目されることはなかったはずだ。

 成功している間は「だからタイプロは成功した」と語られ、失敗が起きれば「だから最初から危なかった」と語られる。同じ出来事でも、後から起きた結果によって過去の意味まで書き換えられてしまう。だからこそ、成功しているときは気をつけないといけない。

 京セラ創業者の稲盛和夫は「人生の道を踏み外す元凶となるのは、かならずしも失敗や挫折ではなく、成功や称賛なのです」と書いている。

 人は失敗したときには反省する。むしろ危ういのは、何をやってもうまくいき、周囲から褒められているときなのだろう。成功によって自信を深める一方、周囲には反感や批判も蓄積されていく。そして、ひとたび失敗すれば、それまでの成功まで違った意味で捉えられてしまう。

「勝って兜の緒を締めよ」という言葉もある。本当に警戒すべきなのは、失敗したときではなく、むしろ自分が評価されているときなのだ。