疥癬とはヒゼンダニという虫が寄生して起こる皮膚病で、野生動物に多い。罹ると強烈な痒みに襲われ、全身を掻きむしる。最後は目も開かず、聴力も衰え、衰弱して死に至る。しかし、個人が買った薬などを野生動物にあげてはいけないのだ。さて、野生動物とは?

冬を越したタヌキに
芽生えた情

 一昨年の冬、我が家の軒下にタヌキが棲み始めた。私が庭先で鹿をバラした直後、落ちた肉片を掠め取るように咥えて行って、10mも離れていないところでムシャムシャ食べ始めたのが、初めて目撃した姿だった。一目で疥癬に罹っていると分かったが、まだ顔に毛もあり、それなりに俊敏だった。

タヌキ写真はイメージです Photo:PIXTA

 後輩が咄嗟に『タヌ吉』と命名したが、正直、こうも思っていた。「短い命だろう。きっとこの冬は越せない」と。自然は容赦ない。マイナス10度を下回るこの山で、保温力の低い小動物の毛がなくなればどうなるかは容易に想像がつく。

 翌年の秋。銀杏を拾おうと家の裏手に回ると、絨毯のように敷き詰められた真っ黄色のイチョウの葉の上で、黄金色の西陽を浴びて暖かそうにスヤスヤと寝息を立てているタヌ吉がいた。ハッと息を呑んだ。おもむろに声をかけたくなった。「お前、生きてたのか!」と。

 だが、皮膚は分厚いカサブタに覆われ、体つきも肋骨が浮き出るほどに貧相になっていた。私はタヌ吉が眠りから醒めないよう、そっとその場を離れた。

 その日の晩から、私が野外に置いておいた食料の袋が“何者か”に食い破られるようになった。煎餅、チョコチップクッキー、干し柿、ドッグフードが連日漁られるようになった。

「この“何者か”は、イヌに近い食性なのかな?」とほくそ笑んだりした。

 たまに見かけるタヌ吉はいくらか太ったようだが、それでも疥癬は進行し、足取りはヨレヨレしていた。目も開いていないようで、2m先に立つ私にも気づいていない。そこで罠免許を持つ後輩が、箱罠を持って我が家に来た。狙うはドッグフードを食い散らかす“害獣”。

害獣を殺すか救うか
その線引きとは

 翌日、タヌ吉がかかり、私は動物病院に向かった。獣医さんに伝える。

「疥癬でかなり衰弱していて、連れてきたらストレスで弱っちゃうと思ったので、薬だけ貰いに来ました」

「疥癬に罹ったペットは猫ですか? 犬ですか?」

「猫くらいの大きさです」

「……大きさ?」

 不思議な会話の応酬だったが、なんとか疥癬の薬を手に入れ、投薬した。

 朝は害獣だからと、ハクビシンを殺した。昼は害獣だけど、救おうとした。私の中でのその線引きは、食べられるか否か。この物差しは非常に大きいが、実に曖昧でもある。法がそう定めているから殺さねばならない場合もある。でも時には「法がどうであれ救いたい」と思うこともある。つくづくエゴである。

 しかし、地獄の苦しみの冬を越えたその翌年に、金色の秋の景色の中でスヤスヤまどろむその姿を目の当たりにし、情が芽生えないことなどあるのだろうかと考える。

 そしてこの芽生えた情の後始末に、果たして正解などあるのだろうか、と。