実際、もやし協会の林会長も、自身が経営するもやし工場の従業員に昨年、ミャンマーとマダカスカルで現地で生産状況を視察させている。品質に問題がないとして中国産からミャンマー産とマダガスカル産へと切り替えたという。

「昔はミャンマー産の緑豆は使えませんでした。もやしを栽培するには不適切だったんです。ただ、近年は現地の生産者の方たちの技術もあがってきたし、中国から種子を持ってきて品種改良するなどして以前と比べ物にならないほど品質があがってますよ」(林会長)

「安さ優先」は自業自得
「30円もやし」の代償

 さて、こういった「知られざるもやし生産者たちの苦闘」を聞いて、大変だなと思った一方で、ほっと胸を撫で下ろした人も多いのではないか。

 中国産緑豆の高騰によって、もやし生産者の経営が苦しくなって、もやしの安定供給が損なわれることがあったら大変だと心配していた人も「なんだよ、中国がダメでもミャンマーやマダカスカルから輸入すりゃ安泰じゃん」と思ったことだろう。

 ただ、それはちょっと甘いかもしれない。ここまで見てきたように我々が緑豆もやしを30〜40円という安値で買えるのは、生産者のみなさんの企業努力もさることながら、「安い緑豆」を文句を言わずに栽培してくれる「貧しい国の農家」のおかげでもある。

 実際、ミャンマーは国連開発計画(UNDP)に人口の68%に当たる3700万人以上が「多次元的貧困」の状態にあると指摘されており、マダガスカルも国民の約8割が1日2ドル以下で生活する「世界最貧国」のひとつだ。

 つまり、ミャンマーやマダガスカルも今は「貧困」が問題になっているが、いずれ経済成長を果たして中国のように農村部の人々もある程度の豊かさを享受できるようになったとき、我々は「30円のもやし」のため、また世界のどこかで「貧しい農家」を見つけ出して、そこから緑豆を調達しなければいけないのだ。

 言い方にちょっとトゲはあるが、「日本の安くてうまいもやし」はそういう搾取的な構造で成り立っている現実があるのだ。果たして、そんなことを続けている国は豊かなのかという問題もある。

「えっ、もやし40円もするじゃん。あっちのスーパーだと19円で売ってたからそっちで買うか」

 庶民が「安さ」を求めるのは当然だ。ただ、その「安さ」を実現するために、生産者など多くの人々が犠牲になっており、時によその国の貧しい人々まで搾取しているという現実も、頭のどこかに置いておくべきではないか。