笠井信輔さん撮影:石川正勝

55歳でフジテレビを退社し、フリーアナウンサーとして新たな一歩を踏み出した笠井信輔さん。30年以上勤めた会社を辞める決断の裏で、実は体に異変が起きていた。頻尿や排尿時の痛みなど、悪化する症状。がんの検査では「異常なし」と告げられていたが、体調は悪くなる一方だった。人生の大きな転機と重なるように進行していた病気とは何だったのか。※本稿は、フリーアナウンサーの笠井信輔『生きる力 がん寛解までの記録』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。

55歳で感じた
フジテレビでの限界

「フジテレビを辞めてフリーになりたいと思っているんです」

 お台場のホテルの喫茶店に小倉智昭さんを呼び出して相談したのは、2018年の5月のことでした。フジテレビに入社して30年、「とくダネ!」を担当して20年になろうとしていたころです。

 なぜ辞めるのか?それは、「フジテレビアナウンサーとしてはそろそろ限界、役割を終えている」と感じ始めていたからです。

 番組スタート当初から出演を続けているのは、メインキャスターの小倉智昭さんと私の2人だけですが、ここ3年はどんどん自分の出番が減っていくのが如実にわかりました。

 そこで、何を考えたか?それは「組織における自分の限界を自分で見極める」ということでした。定年まで5年、役職定年まで2年。「とくダネ!」でやることはすべてやってしまった。55歳という年齢になり、これからフジテレビでどんな仕事が待っているのか――そう考えたとき、自分では明るい未来を見通すことができなかったのです。

 丁度そのころ、敬愛する山下達郎さんのライブを観に行きました。「55歳の時に決断してコンサートツアーを復活させて今がある」と達郎さんが話すのを聞いて、「やはり今だ」と思いました。心境は、「清水の舞台」ですがね。