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日本政府による在留資格「経営・管理ビザ」の厳格化が悲劇を招いている。大阪の梅田に隣接する町で、上海料理店を営む中国人経営者は、新しい基準を満たしていたが、ビザの更新が認められず、30日間で日本から退去を命じられた。まさかの事態に、経営者とその家族を支えたのは日本人の友人や常連客たちだった。制度の冷酷さと人々の温かさ――。対照的な日本の現実を経験した一家は、今も「日本の皆さんへの恩は一生忘れません」と語る。(日中福祉プランニング代表 王 青)
日本を「第二の故郷」に
中国人一家を襲った悲劇
郭さん(仮名、40代後半)一家は、4年前の2022年、上海ロックダウンの真っ最中に来日した。厳格な封鎖の中で、自宅から上海の空港までの道のりは、まるでドラマのように命がけのものだった。その後、郭さんは妻と2人の息子、家族4人で大阪での新生活をスタートさせた。
会うたびに、いつも満面の笑みで「日本は想像以上に素晴らしい国です。毎日のように感動する出来事があります」と話していました。そして、周りの日本人がいかに親切に接してくれたのか、困ったときにどのように助けてくれたかといったエビソートを延々と語ることが何度もあった。
もちろん、日本語が十分に話せない中で、苦労がなかったわけではない。例えば、飲食店の物件はなかなか決まらなかったし、次男がいじめに遭ったこともある。言葉も文化も異なる異国の地で、郭さん一家は幾度となく壁にぶつかった。
しかし、その度に、周りの日本人や学校の先生たちが救いの手を差し伸べてくれて、数々の困難を乗り越えられた。そうした日々の積み重ねの中で、一家は少しずつ日本社会に溶け込み、この国への愛着を深めていった。
その後、2店舗目の飲食店を開業した。郭さんは、今流行の「ガチ中華」ではなく、敢えて日本人になじみのある中華料理を中心にメニューを作った。
「真心をこめて、美味しい料理で日本の皆さんに恩返ししたい」というのは郭さんの思いである。
米価が高騰する中でも、こだわった銘柄米を使い続けた。「お客さんには、絶対に美味しいご飯を食べてもらいたい」と、妥協しなかった。
さらに、従業員には、注文を受けてから一品ずつ丁寧に調理することを徹底させた。効率を優先して作り置きするのではなく、できたての料理を提供することを大切にした。
やがて、店付近のオフィスビルで働くサラリーマンや近所住民の間で評判となり、常連客が増えてきて、店内はいつもにぎやかだった。
筆者は、お客さんからここまで絶大な支持を獲得している中華料理屋さんを知らない。
その理由をお客さんに聞いてみると、かえってくる答えはほぼ同じだった。
「料理の味と郭さんの人柄です」
ある常連客は「どこでにもあるような料理ですが、ここは味わいが深く、作る人の一生懸命さが伝わってきます」とも語った。
日本での生活が軌道に乗り、店も地域に根づき始めた。長男は今年4月、私立大学に進学し、次男もようやく日本の学校生活に慣れて友人ができるようになった。一家は、これからも日本で暮らし、子どもたちの成長を見守っていくつもりだった。
そう思った矢先に、経営・管理ビザの厳格化が郭さん一家を襲った。9月のビザ更新が入国管理局に認められなかったのだ。そして、30日間以内に強制的に日本からの退去を命じられた。
まさに、青天の霹靂だった。一家はドン底に落ちた。
一体、なぜビザ更新が認められなかったのか?







