新海誠、東浩紀も注目
「泣ける実話」だけじゃない

 ストーリーは、青森に暮らす主人公・和(のどか)の平穏な生活から始まる。両親と2人の妹、仲の良い家族に恵まれた和は、飲食店の従業員として働いている。将一(まさかず)と出会って恋に落ち結婚を意識するようになるが、21歳でステージ4の大腸がんを宣告されてしまう。

 家族の支えの中、将一と結婚。そこで直面することになるのが、子どもを持ちたいという気持ちである。妊娠・出産のためにはがんの治療を一時中止しなければならない。両親や妹たちの中でも意見は分かれ、将一も反対する。

 しかし結果的に、和の強い意志は変わらず、妊娠に至る。映画の中でもっとも時間をかけて描かれるのが、命を縮める選択となっても妊娠・出産を選ぶのかどうか、という葛藤である。

 若くして病を患った人が、闘病を通して家族や恋人からの愛を確認する。これはベタとも言えるストーリーである。実話が基になっているからなおのこと、人の涙を誘う。

 一方でわかりきったストーリーを単調だと感じる人もいるし、「泣かされる」ストーリーを好まない人もいる。このような商業映画は、マニアックな作風を好む層からは好まれづらい。

 しかし本作は、こうしたジャンルの映画を普段は敬遠しがちな映画ファンや批評家からも高い評価を得ているようだ。

 例えば哲学者で批評家の東浩紀氏は10月末、「ひょんなことから『ママがもうこの世界にいなくても』を観たのだが、なかなかよかった」とXに投稿した。

 また、『君の名は。』『秒速5センチメートル』などで知られるアニメ監督の新海誠氏は「山戸結希監督『ママがもうこの世界にいなくても』を観てきました! とてもとても良かったです」と投稿。

『君の名は。』の脚本を書いている際に山戸監督の過去作『おとぎ話みたい』を見に行ったといい、「その舞台挨拶で、まだ二十代半ばの山戸監督が「いつか必ず、少年少女に届くポップカルチャーを作ります」とおっしゃっていて、そのことを今でも不思議に覚えているのです」と続けた。

 筆者の周囲でも、普段はミニシアターで上映される作品を好むタイプの人が山戸監督を絶賛しているのを目にした。

ドキュメンタリーのような臨場感
山戸演出が生む生々しさ

 山戸監督は音楽映画の祭典「MOOSIC LAB」で2013年に『おとぎ話みたい』でグランプリを受賞。その後、小松菜奈、菅田将暉主演映画『溺れるナイフ』(2016年)などで監督を務め、NHKドラマ『燕は戻ってこない』(2024年)では演出を担当している。

『ママせか』はストーリーこそ「余命もの」ではあるが、家族や友人との会話、引きとアップを印象的に使うカメラワークに特徴がある。日常の会話については特にリアルで、あまりにも違和感がないのでドキュメンタリーかと錯覚する。