**君は、何をがんばるんだ?
高山は伊奈木を見て、すぐに着ているものを確認した。このスーツはうちのスーツじゃないな、百貨店か、セレクトショップで買ったブランドだ、シャツも違うな、このタイプのボタンダウンの襟のシャツは、うちの店では売っていないし、オーダーかもしれない……。
「しきがわって、社員割引制度があるんだろ。君が来たら、店でスーツを選んでもらおうと思ってたんだ。君、結構、店では売っていたんだって?」
伊奈木の服装をチェックしていたことを気づかれた高山は、少しばつの悪そうな顔をした。
「い、いえ。僕よりもたくさん売っている方が総本店には、たくさんいますから」
「あとで店のほうに一緒に行ってくれよな」と言ってから、伊奈木は高山を「ちょっとこっちへ」とミーティングテーブルのところに呼んだ。
「ところで君は、どうして、この部署に来ることになったんだ?」
高山を見る伊奈木のいたずらっ気のある表情から、高山の異動の理由を知っていることは明らかだった。相澤も机でPCのキーボードを叩きながら、笑みを浮かべていた。
「あの……、自分で希望したわけではないので、よくわからないのですが。人事からは、とりあえず、ここでがんばれと言われました」
「それで君は、何をがんばるんだ?」
伊奈木は、さらに尋ねた。
「営業の仕事からは卒業したのですから、将来のために実力をつける仕事がしたいです」
言ってはみたものの、高山は我ながら、あまり気の利いた答えではないな、と思った。