格調の高さ、洗練された英語、美しい言葉遣い、そして気品のある話し方。高円宮妃久子さまがフランス語と英語で行った、9月7日のIOC総会におけるスピーチは、伝統的かつ正統なスピーチの極みとも言えるものだった。本稿では、デリバリー(話し方)とコンテンツ(話しの中身)の二つの側面から、人を動かすスピーチのポイントを見ていく。

直接、語りかけるように話す
デリバリーの三つの技術

 久子さまのデリバリーの最大の特徴は、IOC評価委員一人一人に、直接、語りかけるように話した点です。聴衆全体を一まとめにとらえた話し方ではありません。具体的に、三つの技術を駆使していました。

 一つ目は、話の「間合い(ポーズ)」です。的確な間合いを取りながら話をすることで、聴衆が話し手の言葉を噛みしめ、情景を頭に思い描きながら聴くことが可能となります。また、その間に、聴衆に視線を送ることが可能となります。久子さまは、文章を一気に語るのではなく、意味を把握しやすい複数の単語のかたまりごとに、しっかりと間合いを取りました。

 二つ目は、言葉の「強調(アクセント)」です。大切な言葉を強めに発音することで、特に聴衆に伝えたい思いを強調することが可能となります。久子さまは、IOC評価委員一人一人に呼びかけるように話すために、以下の例にあるように、「個人的に」「それぞれの」「個々の」といった言葉を特に強調して話しました。

 三つ目は、聴衆への「視線(アイコンタクト)」です。聴衆に対して視線を送ることで、「あなたに対して話をしている」ということをしっかり伝えることが可能となります。欧米では、話をする時に、相手の目を見ることが大切です。目を合わせない人は、嘘をついている、隠し事をしていると思われるからです。

 しかし、今回のように、大勢の聴衆の前で話をする時は、すべての人、一人一人の目を見て話をすることは困難です。そのような場合は、中央、左右、会場が広い場合には、さらに手前と奥というように、聴衆を区切り、それぞれに位置する人たちをしっかり見ることが大切です。それにより、聴き手は自分に対して語りかけてくれているように感じやすくなります。

 久子さまは、その目の動きから、テレビカメラを注視するのではなく、細やかに聴衆に視線を送っていたことがうかがえます。演台の右方のひな壇中央に座るジャック・ロゲ会長を始めとする、IOC評価委員一人一人を意識して、それぞれに思いを伝えようと強く意識していることが感じられました。

 上記3点の他にも、スッと伸びた背筋、キリッと引き締まった表情と時折見せる笑顔による、オンとオフのメリハリの利いた表情などが、威厳と品格を形作っていました。