「あなたのためにやっている」と繰り返し、日常から友人関係、果ては将来の夢までも支配して、娘を追いつめていく母親が存在している。
そんな母の支配に耐えかねて、実家を出て一人暮らしを始めた娘をも執拗に追ってくる母の、異様な過干渉に追いつめられた娘のケースを紹介する。(こちらは2013年10月30日付け記事を再掲載したものです)

酒を飲んで面接に現れたクライアント

 長年カウンセリングをやってきたが、お酒を飲まなければ面接にこられないというクライアントは初めてだった。それがM美さん(20代)だった。

 約束は午後2時だったので、M美さんは昼間からお酒を飲んでやってきたことになる。しかし、それを指摘すれば、彼女は二度とここには来ないと直感したので、私はあえて飲酒にはふれなかった。

 飲酒といっても、出かける前にひと口飲むという感じだろうか。

 4回ほどのカウンセリングを経てだいぶ緊張がほぐれ、家族についても語れるようになってきた頃、私はさりげなく飲酒の件についてふれてみた。

「お酒を飲まないと外に出るのはつらいですか?」

 M美さんは、はっとした表情になり、小さな声で「すみません」と謝った。

「責めているわけではありません。ここに来るのもあなたにとっては相当の覚悟がいることだと思います。それでアルコールを口にするのでしょうか」

 できるだけM美さんの罪悪感を軽くさせようと、そう言葉を足すと、M美さんはもう一度「すみません」と頭を下げた。

「飲まないとここに来られないんです。出かけようとするとドキドキしてしまって、結局お酒の力を借りないと出てくる勇気が出ないんです」

 飲酒の習慣は、一人暮らしを始めた大学生の頃に始まったらしい。

 M美さんはピアニスト志望の音大生だったが、途中で挫折し、今は音楽教室のピアノ講師をしている。

 M美さんは、好きでお酒を飲んでいるわけではない。心の中に巣くう不安や恐怖を取り除かなければ、根本的な解決にはならない。無理にお酒をやめたとしても、そのストレスがまた新たな悪癖を呼んでしまうだろう。

 今、アルコールの是非を論じるのは逆効果になる、そう私は判断した。

袰岩秀章【ほろいわ・ひであき】
埼玉大学人間社会学部心理学科教授、カウンセリングルーム・プリメイラ代表
日本集団精神療法学会理事・認定グループサイコセラピスト、日本心理臨床学会・日本精神分析学会正会員、Senior member of Academy for Eating Disorder、Life Time member of World Federation for Mental Health。他に、東京都立教育研究所上級カウンセリング講座、スクールカウンセラー養成講座、滋賀県精神保健センター上級集団精神療法講座、千葉県総合教育センター上級カウンセリング講座、埼玉県学校カウンセリング上級研修会等の講師などを歴任。
1994年、国際基督教大学にて博士(教育学)取得。同年、日本女子大学専任カウンセラーに就任。
大学院生であった1992年にカウンセリングルーム・プリメイラを妻で心理カウンセラーである袰岩奈々と開設する。