小泉純一郎元首相の脱原発発言が止まらない。それどころか、ますます演説のトーンが高まっている感じだ。独りになっても郵政民営化を諦めなかった人、時が経てば声が小さくなるとは考えにくい。それに批判や反論があるほど元気になるという稀有な性格だ。政治家として“借り”を最小にしてフリーハンドを維持してきた人だから誰の手にも負えないのである。

 今のところ彼の“倍返し”を恐れてか、正面から立ちはだかる人も組織もないが、それでも放置できなくて、このところ散発的に異論反論も出てきている。

 彼に対する批判・反論は、“主張内容”と“主張資格”の2つの方向から浴びせられている。

小泉元首相が主張する
「最終処分場なき原発依存」の無責任さ

 まず主張内容については、原発ゼロは「楽観的で無責任」、「代替案を示せ」、そして「現在の経済や生活をどうする」という周知のもの。目新しいものや説得力のあるものは聞かれない。

 これらの反論は小泉氏の「最終処分場もないのに原発に依存するほうがよほど無責任」の一声で一蹴されてしまう。

 ところで先般引用した(第204回参照)湯川秀樹博士は、昭和29年に次のように警告している。

「原子力の脅威から人類が自己を守るという目的は、他のどの目的よりも上位におかれるべきではなかろうか」(『現代人の知恵』湯川秀樹自選集3)