医療費抑制にどう取り組むべきか
小泉内閣の時代に、医療費を毎年2200億円削減せよとの指示が出されたことがある。医療・介護・年金の社会保障費は毎年1兆円ずつ増えていく。高齢化に伴い、こうした費用が増えるのはある程度は仕方ないだろう。ただ、それをそのまま容認していると日本の財政は大変なことになる。そこでまず2200億円ずつ削っていくことになったのだ。
総理の指示である以上、現場はなんとか実現しなくてはならない。しかし、それは大変な混乱を現場にもたらしたと言われる。上からの突然の削減命令に対応するため、これまで当たり前に行ってきたことのなかにも、できなくなったことが多くあったに違いない。
当時、医療崩壊という言葉が広がっていた。救急医療施設の不足、産科医師の不足、慢性的な過剰労働となっている外科医など、医療現場は深刻な問題を抱えていた。これらをまとめて医療崩壊と呼んだのだ。一部の人は、小泉内閣で医療費が強制的に削られたことで医療崩壊が起きたとも言う。
年間数十兆円にものぼる医療費を2200億円削減しただけで、医療崩壊というのは少しオーバーな気がする。本連載でもいろいろ取り上げているように、日本の医療費には明らかな無駄や過剰な費用計上が見られる。そうした構造的な問題を横におき、2200億円程度で医療崩壊と騒ぐのは大げさだろう。医療崩壊なる現象があるとすれば、それは2200億円削減が原因ではなく、もっと深刻で構造的な要因があると考えるべきだ。ようするに資源配分に深刻な歪みが起きているのである。
ただ、この2200億円削減政策は、その後の社会保障改革に大きな教訓を残した。医療は複雑な体系である。それを安易にいじると大変な混乱が起きかねないとわかったのだ。医療費抑制は日本にとって重要な政策課題だが、拙速に実現することは危険だ。より長期的な視野に立った対応が必要である。
医療は巨大な船に例えることができる。船の方向を変えようとして急に舵を切れば船は横転してしまうかもしれない。そもそも急に舵を切ることなど不可能である。船の方向を変えたければ、少しずつ舵を切っていくしかない。医療改革も同じなのだ。