佐々木 <獺祭>のビジネスモデルと重なるのは、昨今のグローバルな基盤を利用した商品・サービスです。たとえば、一部マニアにのみ受ける音楽であっても、動画共有サービスのYouTubeや通信販売・オークションのeBayといったグローバルな基盤を通じて世界のあちこちで少しずつでも支持を獲得できれば、十分にビジネスとして成り立ちます。
 かつて「グローバリゼーション」といえば、世界のいたる場所にマクドナルドが出店し、誰もがハンバーガーを食べるように同化して、ローカルフードが駆逐され消滅するパターンが主でした。しかし、今は情報の流れる基盤だけが世界中に張り巡らされる一方で、それを活用しながら、ローカルな文化はしっかりと保存される環境が整ってきています。

桜井 そうですね。私たちは2000年頃から海外展開をスタートし、20ヵ国で<獺祭>を販売しています。ただし「市場を制覇する」つもりでやってきたわけではありません。

佐々木 マス市場に届けるのではなく、高くてもきちんとした造りのお酒を飲みたいという客層、つまり主に富裕層に向けて販売していく、というスタンスですよね。日本国内における富裕層は人口の数%にすぎませんが、世界中でその層の支持を獲得していけば、十分な市場になります。海外を広く見渡しても、ワイン以外で日本酒ほど洗練されたお酒は他に見当たりませんしね。

桜井 今年の夏にはフランス・パリの凱旋門近くの一等地に、一流の日本料理とともに<獺祭>を楽しんでいただける店を開業する予定です。

佐々木 楽しみですね。
 高級ブランドのワインには非日常性がありますが、日本酒はいまだに国内でも「大酒飲みの飲み物」という昔ながらのイメージがつきまといがちです。サントリーが“ハイボール(日本では、ウイスキーのソーダ割りを指す)”という昔懐かしい飲み方を現代風に喧伝してウイスキーの販売をテコ入れしたように、日本酒にもイメージ戦略が求められているかもしれませんね。

桜井 それ以前に、日本酒業界はいまだかつて、美味しさそのものを追求したことがないと思うのです。それはお酒の歴史にも由来していて、そもそもお酒は“おごってもらうもの”でした。たとえば田植えや稲刈りのときに皆が集まり、作業が終わると、庄屋さんから酒が振る舞われます。この“振る舞い酒”に美味しいも美味しくないも関係ないわけで、感覚的には、今の日本酒業界もこの延長線上にあると思います。