「獺祭」という銘柄には複数の願いが込められています。なかでも、負け組のイメージを払拭し、「シンプルな質の良さを表したい!」という狙いが強くありました。考え抜いた末に、打ち出された銘柄とラベルに、それが結実したのです。著者の桜井博志・旭酒造社長は、1/16(木)のテレビ東京系列「カンブリア宮殿」に出演予定!
獺(カワウソ)の祭り、と書いて<獺祭(だっさい)>。
これを新銘柄に命名したのは、1990年頃のことでした。きっかけは、東京に本格進出を始めたことです。米を磨き込む精米歩合の違いにかかわらず、旭酒造の酒はすべて「獺祭」といいます。
当初は、読みづらいうえ、「ダサい」みたいで変な名前だ、とも揶揄されました。しかし、本連載の第1回でも触れたように、今では期待していた以上に親しんで頂ける名前になりました。
過去、旭酒造の主力銘柄は長らく<旭富士>でしたから、東京も当初はそれでお出ししていたのです。でも、今ひとつ印象が弱い。それに、<旭富士>といった瞬間に、卸や小売店との販売条件などにおいて、“岩国4番手”という負け組酒蔵の不利な商習慣を引きずってしまいます。
そこで、東京向けの製品の名前として、シンプルで品質のよさを伝えられる新銘柄を…と考えて思いついたのが、この名前でした。
「獺祭」というのはそもそも、書物や参考資料を広げて、詩文を練っている姿を意味します。その姿が、捕獲した魚を河原に並べるカワウソの習性を思い起こさせるからだそうです。
そして、明治の日本文化に革命を起こした正岡子規の別号のひとつが「獺祭書屋主人」。若くして病の床につき、身の回りのものを手の届くところに並べている自分を、カワウソに見立てて付けた号だったといわれています。
この号に惹かれたのは、子規の進取の精神に、私が共鳴していたからでもあります。「酒造りは夢創り、拓こう日本酒新時代」を合い言葉に、伝統や手作りという言葉に安住せず、変革と革新のなかからより旨い酒を造っていこうといきがっていた私にとって、彼の革新性にあやかりたい、という決意表明でもありました。
また、「獺」という漢字は、旭酒造が位置する「獺越(おそごえ)」という地名の一字と同じです。地名の由来は「川上村に古い獺がいて、子どもを化かして当村まで追越してきた」(出所:地下上申)ことにあるそうですが、なんといっても読みにくい。
35年ほど前に、群馬県の高崎バイパスでスピード違反をしてしまったときも、白バイのお巡りさんが私の免許証を確認しながら、「これ、なんちて読むんよ」と聞いてきました。そのときから、この「獺」という字を使おう、とずっと狙っていたのです。
銘柄にこの字を入れることで、地元とのつながりも感じられるし、見た瞬間に「なんて読むんだ?」と、思わず目をとめる効果もあります。