それからもうひとつ、印象深かったものとして鮮明に覚えているのは、あとちょっとで契約というところで他の人にさらわれてしまった土地です。こちらも神奈川県、秦野のという場所にある高台500坪の土地でした。眼下には茶畑が広がる絶景、すぐ後ろには丹沢大山国定公園を背負い、ロケーションは文句のつけようがありません。

 前の持ち主さんが大事にしていた土地のようで、立派な石積みの土留めが美しく、ユズの木がそっと植えてありました。南房総の土地を購入したあとも「あの土地良かったなあ」と思い返すほどです。しかしながら、その時点ではわたしたちは、良さそうに見えて実は問題のある土地というものを検討してはボツにするという経験をいくつも重ねていたため、かなり警戒心が強くなっていました。

 実際、この土地も多くの問題点はあったのです。出るか出ないか分からない井戸があり水道はない、調整区域にあるため土地内の「既存宅地」部分にしか建築物を建てられないのに、範囲外の場所に大きく頑強なガレージがドカンと建っている、さらにここもまた道に接していない、しかも土地が半分ずつ違う所有者となっている、そして何より、3000万円という高値がついている。そんな条件の土地でした。

 懐事情の厳しいわたしたちにとって、土地だけで3000万円は卒倒価格でした。相対的に見て適正な値段なのかと友人の不動産屋に相談したところ、「調整区域で3000万円は高すぎる。自分なら半値以下でも出さない。だって資産価値が皆無でしょう」と言われてしまいました。

 あんなに素敵な土地なのに、資産価値がない。無価値。なんだかひどい話だ。価値って、なんだ? お金でははかれない価値だってあるぞ。でも、買ったら損するってことか……。

 それでもわたしたちは、この土地の魅力から離れることができませんでした。やめた方がいいと思えば思うほど濃緑の茶畑や丹沢の風景が思い浮かび、これを「惚れた」というのかもしれないと逆に心が吸い寄せられるのです。

 そこで、井戸の調査にはいくらかかるのか、頑強なガレージを壊すのにいくらかかるのかと試算をしながら不動産屋さんと値引き交渉をしていたのですが、何度も何度も「今日もあの土地を見にいらした方がいました」「他に二人ほど買いたいと言っていらっしゃるのですが」とプレッシャーをかけられ続けました。
 早く決めないと取られちゃうのか! でも、つかまされていたらどうしよう……。そんな真実の分からない不安に揉まれながら、ずるずると決断を伸ばしていました。