相手の目を見ることができた瞬間

 興奮した老人の前で途方に暮れていた私は、「おい、寝てるのか。黙ったままじゃ話にならん!」という老人の怒鳴り声で我に返りました。そして再び、小突かれそうになったとき、老人の手をかわしてとっさに言葉が出ました。
「暴力を振るわないでください」

 動いたのは口だけではありません。お詫びの席なので目を伏せていましたが、目線を上げて正面から相手の目を見ることができたのです。
〈なぜ、こんなに声を荒げているのだろうか? 狙いはどこにあるのか?〉

 一方、老人は一瞬〈なんだ、こいつ?〉と、ぎょっとした表情を見せました。

 これが潮目でした。
「お前じゃ話にならん、出て行け!」
「そうですか、それでは失礼します」

 私は、相手の罵声を逆手にとり、退出することにしました。もちろん、満足できる結果ではないのですが、しかたありません。