市場との対話という点でも、グリーンスパン氏は絶妙だった。市場に言質を取られないようにあいまいな発言を繰り返し、メディア泣かせでもあった。ところが、それでいていつの間にかFRBの考えを市場に織り込ませるという天才的な技を見せていた。

 同氏の発言のあいまいぶりを示すエピソードがある。議長に就任してから約10年たった頃、独身だった同氏はテレビの有名記者と長年交際していたが、ある日プロポーズした。ところがその発言があいまいだったため、彼女はプロポーズされたことに気がつかなかったそうだ。その後、3回目のプロポーズで彼女はようやく気がついて、めでたくゴールインした。当時、筆者はニューヨークに駐在していた頃にこの話を聞いたのだが、ジョークかと思いきや、本当の話だった。

 そのグリーンスパン氏の後任がバーナンキ前議長だ。同氏も就任(2006年2月)から間もなくして住宅バブル崩壊、サブプライム問題、そしてリーマンショックと連続的に大きな危機に見舞われた。同氏は1930年代の大恐慌を研究した学者だけあって、一連の危機に対応して徹底した金融緩和で立ち向かいデフレを阻止した。かつて「デフレ脱却のためにはヘリコプターからお札をバラまけばよい」と発言し「ヘリコプター・ベン」とあだ名されたが、それを実践したようなものだ。その結果、米国経済は立ち直り、量的緩和の縮小開始までこぎつけた。

黒田総裁は目標達成に向け7月に動く?

 このように、歴代FRB議長はいずれも就任直後に試練を受けながらも、それぞれの個性を発揮しながら、乗り切ってきた歴史がある。個性という点では、イエレン議長は雇用問題の専門家だ。だがこの面でも今回のFOMCはやや意外な結果となった。これまで示していた失業率目標の数値基準を削除したのだ。イエレン議長は「より広範な指標を踏まえて総合的に判断するためだ」と説明しているが、イエレン議長の専門性を薄める印象となり、金融政策の判断材料もあいまいになる恐れがある。

 ただ、イエレン議長がデビュー戦で“失敗”したことは、実は皮肉なことに黒田日銀にとってプラスになる面もある。米の利上げ時期が早まるとすれば、金融緩和を続ける日本との金利差が拡大し、為替相場ではドル高・円安の要因となるためだ。