「店長、早く帰ってきて!」
「あ、すみません」
都心にある高級家具店で、店員の保坂順一(仮名)は振り向きざま、初老の男性客に肩が当たった。
「おい、気つけんか!」
年齢のわりにカジュアルな服装だが、その声には迫力がある。両手に荷物を抱えていた保坂は、ぎこちなく頭を下げた。
男性はフンッと鼻を鳴らして、店内を回ろうとした。が、その瞬間、携帯電話を落としたことに気づいた。
「なんや、携帯、壊れてもうたやないか?」
携帯電話を拾ってあれこれ操作しているが、どうやらうまく作動しないようだ。
保坂は荷物を床に置いて、男性のもとに駆け寄った。
「申し訳ありません。携帯、大丈夫ですか?」
「さあな」
男性は、ぶっきらぼうに答える。
保坂は商品の搬入作業が気になってはいたが、男性をこのままにして作業に戻るわけにはいかない。その場でじっと男性を見守った。
携帯電話をいじっていた男性が、おもむろに顔を上げて言った。
「お前、この携帯がダメになったら、どういうことになるのか、わかってんのか?」
にわかに不穏な空気が流れた。
「どういうことでしょうか?」
保坂はおずおずと尋ねた。
「この携帯には、大切なデータが入っとる。データが飛んでたら、たいへんなことになるんやで」
「データですか?」
保坂は、男性がなにを言いたいのかよくわからなかった。一方、男性は仰々しく額に手を当てて言う。
「100人以上のパーティー・コンパニオンの連絡先が入っとる。今日も、いまから連絡することになっとったんや」
「え、そうなんですか? どうすればいいんでしょうか?」
保坂は尋ねた。