日本の経済政策に関わる者たち――政治家も官僚もジャーナリストも、「俗流化されたケインズ思想」の奴隷となったことに無自覚でいる。無自覚ゆえに不況の原因を誤解し、見当違いの需要喚起策に膨大な政府支出を費やす。池尾・慶大教授は、「日本はいびつな2部門経済であり、原因も解決策も異なる」と強調する。
池尾和人(いけお かずひと) 昭和28年1月12日京都市生まれ。京大経済学部卒。京大経済学博士。岡山大助教授、京大助教授、慶大助教授などを経て、平成7年より慶大経済学部教授。Photo by T.Fukumoto |
―前回のインタビューは、不況の原因を二つに大別したところで終わった。一つは、サプライサイド、もの作り能力が維持されているにもかかわらず、景気の循環によって不況に突入したケースだ。この場合は、潜在成長率(ポテンシャリテイ)が堅持されているのに、需要不足で実質成長率が下振れしているのだから、政府の需要喚起策が不況打開に有効だ。二つ目は、1970年代の米国のようにもの作り能力、供給能力が劣化してしまったケースだ。この場合、潜在成長率の水準そのものが低下しているのだから、供給能力の強化策が不可欠だ。政府が需要を喚起しても、いたずらに財政赤字が拡大するだけで何ら効果はない。今の日本の不況は、どちらなのか。
答は、たぶん後者だろう。私は、不況が長期化した1990年代から供給能力が劣化し、潜在成長率の水準そのものが低下していると考えている。
日本は、①輸出型の製造業と②それ以外の産業の間に分断があるいびつな“2部門経済”だ。輸出型の製造業とは、トヨタでありキヤノンでありパナソニックであって、日本の国際競争力の高さを象徴する企業群だ。それ以外の産業とは、国内向けの製造業、およびサービス産業であり、ほとんどの中小企業が該当する。農林水産業も含まれる。
この2部門は、ともに不振に陥っているが、それぞれ原因が違う。
輸出型の製造業は、依然として高い供給能力、もの作り能力を維持している。だが、グローバルインバランス(国際的な経常収支の不均衡)の解消が急速に進むことで、世界中が不況に陥り、需要が一気に落ちた。輸出中心の売上高は激減し、大幅な生産調整に入った。
一方、それ以外の産業は、そもそも供給サイドに大きな問題がある。30年近くの長きに渡って、いっこうに労働生産性が向上していない。潜在成長率自体がゼロかマイナスになってしまっているのではないか。こうした停滞は、5年、10年の期間に起こった問題ではない。
2部門経済なのだから、原因はひとくくりにできないし、解決策も違う。