岡本太郎、高城剛――なぜ、人生の岐路には「洋行」があるのか?

安藤 この本の中で、夏子さんがロンドンに留学したことで人の目を気にしなくなった、というエピソードがとても印象的でした。「世間体は自分がつくっているもの」という。

白木 日本にいるときは、人の目のために生きていたと言っても過言ではありませんでした。人にどう見られているか、どう評価されているかがいつも心配だったんです。それが、ロンドンというとんでもないマルチカルチュラルの環境で過ごすことで、「他人の目は自分で勝手につくりあげていたものなんだ」とはっとして。

安藤 まさに「自分のために生きる勇気」を手に入れたきっかけだったんですね。

白木 そうですね。赤面症が治ったり人前で話せるようになったりしたのも、この「勝手に囚われていた他人の目」から脱却できたからだと思います。

安藤 実は私も、夏子さんと同じくらいの時期にアムステルダムに留学していたんです。でも、夏子さんと違って、私は留学生活をあまりエンジョイできなかった。日本人は学部全体でも私ひとり。英語のレベルはクラスでもダントツに低い。もう、完全に萎縮していました。ちょうど留学中に9.11の同時多発テロが発生したのですが、学生も教授もみんな集まっては議論をするわけです。ところが、英語で議論なんて私には当然無理で、その輪に入れないばかりか、話にすらまったくついていけない。

白木 マルチカルチュラルの中で発言しないと、存在がだんだん「無」になってしまいますよね。

安藤 そうなんです。そこで、このまま鬱屈としていてもダメだ! と早々に学校生活に見切りをつけ、“課外授業”と称して自分なりに学校外でいろいろな人と交流するようになったんです。

白木 課外授業?

安藤 はい。友人のお父さんや大学の先輩など、様々なツテを辿って、現地の日本企業にオフィス見学に出向いたり、現地で活躍するアーティストと仲良くなってライブに招待されたり、バーで同性愛者の弁護士と話したり……。

白木 さすが、幅広いですね(笑)

安藤 面白かったですよ。オランダでは同性婚が認められていますから、多様な価値観を学ぶという点でもいい経験になりました。……こういう感じで、自発的におこなったフィールドワークで得られたことはたくさんあったんです。ただ、結局、大学の授業は20%くらいの満足度で終わってしまって。

白木 留学エピソードというと成功体験ばかりが耳に入りますが、とてもリアルな声だと思います。

安藤 はい。私の留学体験は、「大学生活」という面では完全に失敗でした。けれど、私みたいな人は決して少なくないと思うんです。留学が期待はずれな結果に終わり、打ちのめされてしまった人。でも、私の場合、この失敗を受けて「あぁ、私が勝負するフィールドは日本なんだ!」と逆にすっきりしたんですよね。

白木 なるほど。

安藤 「海外に出たいとずっと思っていたけれど、どうやら長期滞在は向いていないようだ。だったら私は、日本でやっていこう。どんな環境だって日本語が使えるだけでマシなはず!」と(笑)。自分に失望することなく、本当にポジティブな気持ちでそう思えた。これは留学に行かないとわからなかったことです。

白木 もし留学に行っていなかったら、今でも海外への憧れを持ちつづけていたかもしれませんね。

安藤 そうなんです。もちろん、今でも東京をベースキャンプにして、海外にあちこち出かけて仕事をすることは目標にしています。でも、あくまで「短期滞在」という話。海外で長く生活するようなライフプランは、手放しました。

白木 なるほど。私みたいに考え方が変わってブレイクスルーする人もいるし、美冬さんのように消化不良分をポジティブに変換して、行動の原動力にする人もいる。海外に行くことで、なにかしら人生の転換期を迎えるのですね。形は人それぞれですが。

安藤 そうですね。私の尊敬する岡本太郎さんも高城剛さんも、人生の岐路となるときにはやっぱり海外へ行かれています。岡本太郎さんは芸術家として一生を捧げることを誓ったときはパリに留学中でしたし、高城さんは日本でマルチクリエイターとして活躍した後、バルセロナに拠点を移して海外を飛び回っています。そんな状況について、高城さんはご自身の著書の中で「洋行せよ」とおっしゃっていて。

白木 つまり、海を渡れ、ということですね。

安藤 はい。日本にいると聞こえてくるノイズやしがらみから離れられるから、じっくりと人生を見つめ直せる。海外に行くことがひとつの人生の岐路になるのは、きっと、そうしたプロセスを経て「勇気」を手にいれるからじゃないかと思うんです。

 (続きは4月15日公開です)


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