ロシアでは、08年の前と後では「別の時代」とされている。つまり、1991年末のソ連崩壊からはじまった「米国一極世界」が08年に終わったのだ「中国・ロシア同盟が米国を滅ぼした」というのは、そういう意味である。米国は、もはや世界の「単独覇権国家」ではなくなったのである。

リーマンショック後の「米ロ再起動」(米ロ融和)

 こうして中国とロシアは、一体化して、米国の「一極支配体制」を崩壊させた。しかしその後、両国の明暗は分かれていく。世界的経済危機により、原油価格は08年1バレル140ドル台から、30ドル台まで一気に暴落。これが、ロシアの「完全石油依存経済」を直撃した。09年、ロシアの国内総生産(GDP)成長率は、なんとマイナス7.9%。プーチンは苦境に立たされた。

 一方で、中国は09年も9%以上の成長を果たし、「一人勝ち」といわれた。ロシアのパワーは減退し、中国の影響力は飛躍的に強まった。「G2(=米中)時代」という用語がしばしば使われたのも、この年である。プーチンは当然これに不満で、対中政策を転換することにした。そもそも「中国・ロシア同盟」は、「米国幕府打倒」のための方便である。「米国幕府が崩壊した(と、09年当時のプーチンは思った)今、中国との同盟は不必要。それより、今度は米国と組んで中国を叩きつぶそう」。

 これが「リアリスト」的思考である。考えてほしい。リアリスト国家・米国は、まず共産ソ連と組み、日本とドイツに大勝した。しかし、戦争が終わると、今度は敵だった日本、ドイツ(正確には西ドイツ)と組み、ソ連を崩壊させたではないか?プーチンの発想も同じ。「中国と組んで米国をつぶす。その後、米国と組んで中国を倒す」

 折しも、米ロで役者が交代した。ロシアでは、「米国好き、IT好きのミーハー男」メドベージェフが大統領に。米国では、「戦争大好き男」ブッシュが去り、「平和を愛する男」オバマが大統領になる。こうして米国とロシア、「再起動」(融和)時代がはじまった。

プーチン帰還と米ロ新冷戦再開

 2012年5月、親米メドベージェフは去り(首相になり)、プーチン大統領が戻ってきた。しかし、復帰前から、米ロの「再起動」が終わる兆候が出ていた。モスクワを中心に、かつてないほどの大規模「反プーチンデモ」が起こった。そして、プーチンは、「デモの犯人は米国だ!」と非難している。

<ロシアのプーチン首相、デモを扇動と米国を非難
モスクワ(CNN) ロシアのプーチン首相は8日、先の下院選をめぐる不正疑惑に対する抗議デモを米国が扇動していると非難した。>(CNN.co.jp 12月9日(金)11時3分配信)

 13年夏、米国は、イギリス、フランスを巻き込んで、「シリア戦争」を開始しようとした。しかし、オバマはプーチンのせいで一度発した「戦争開始宣言」を撤回する状況に追い込まれ、「大恥」をかく結果になった。

 プーチンは、どうやって「シリア戦争を止めた」のか?二つの「不都合な真実」を世界に暴露したのだ。一つ目は、化学兵器を使ったのは、米国がいうようにアサド派ではなく、『反アサド派』だった」(あるいは、『両派が使っている』)。

<シリア反体制派がサリン使用か、国連調査官
【AFP=時事】シリア問題に関する国連(UN)調査委員会のカーラ・デルポンテ(Carla Del Ponte)調査官は5日夜、シリアの反体制派が致死性の神経ガス「サリン」を使った可能性があると述べた。
 スイスのラジオ番組のインタビューでデルポンテ氏は、「われわれが収集した証言によると、反体制派が化学兵器を、サリンガスを使用した」とし、(以下略)>(AFP=時事 5月6日(月)17時37分配信)

 もう一つの「不都合な真実」とは、「反アサド派」に中に「9.11テロ」を起こしたとされる「アルカイダ」がいることである。これを知らされた米国民は、到底容認できない。オバマは、インチキの理由でイラクを攻撃し、失敗したブッシュの二の舞になることを恐れた。それで13年9月、彼はシリア攻撃を断念したのだ。しかし、米国の面目を完璧につぶしたプーチンに対する恨みは残った。

 ロシアの隣、親ロシア・ヤヌコビッチが治める国ウクライナで大規模なデモが起こったのは、その2ヵ月後である。14年2月、ヤヌコビッチは首都キエフを捨て、ロシアに逃亡した。3月、プーチンはクリミアを併合し、世界を驚かせた。米国は、「プーチンはヒトラーだ!」とし、世界を巻き込んで制裁を強化している。

 孤立したプーチンは、どうしたのか?そう、ちょうど9年前と同じ決断を下したのだ。「中国・ロシア同盟によって米国を滅ぼすしかない……」。だから、(残念ながら)中ロ関係は、これからも強固になっていくと見なければならない。たとえ、プーチンが中国を嫌いだったとしても……。