マーケティング調査を提案する

 社長が人事の担当者に指示をすると、しばらくして白いスーツを身にまとった中肉中背でショートカットの女性が会議室に入ってきた。

「高山君、『ハニーディップ』ブランドの責任者を紹介しておきます」

「はじめまして。常務取締役の田村夏希と申します」 その女性は両方の口角を上げて微笑み、お辞儀をし、高山を少し斜めに見上げながら頭を上げた。少し化粧が濃いめの顔は50代半ばくらいに見えた。

「彼女が今、ブランド長をやっています。高山君は彼女と一緒に、このブランドの立て直しをしてください」

「よろしくお願いします」 常務の田村夏希は、目いっぱいの笑顔で高山に微笑んだ。

「高山君」田村社長は口を開いた。

「実はこの『ハニーディップ』の不振は、うちの大きな課題なのです。後発の競合店も参入しているし、最近では異業種から参入してきた新参の『ワールドワークス』にも押されている。この規模ながら、既に事業としては前期から赤字で、今期の推移次第ではブランドの解体も検討している状態です」

「えっ、そこまで悪いのですか?」

「高山君、半年で立て直してほしい」

「本当に期限は半年なんですか?」 高山は、まだ右も左もわからないのに、いきなり期限を設定されたことに異を唱えようとした。

 短い沈黙の中で、高山は社長、副社長、そして射るような常務からの視線を感じた。 それぞれの思惑は、まだ高山には読めない。 入社承諾書にサインをした今の時点では、どう答えるべきか。 ノーと言うか、誤魔化すか。

 いずれにせよ、まだ事情もわからないこの会社の中で、社長から求められた期限に異を唱えるのも、いかがなものかと、この短い間に考えた。

「わかりました。やってみます」

「うん、よし」社長は嬉しそうな笑顔で言った。

 まあ、いいか…。何が待ち構えているかも考えず、結局高山は、社長の真剣な表情に、つい勢いで返事をしてしまった。

「『しきがわ』の時は、自分たちが市場のことをよくわかっていないということに気が付いたので、原点となる顧客視点に立つためにマーケティング調査を行い、立て直しのプランを練りました」

「マーケティング調査?」 社長は、いきなり怪訝そうな顔をした。

「はい、不振や低迷の時は、市場とのかい離が起きていると思うのです。今回もその調査をさせていただきたいと思います」

「ふむ…」

 社長は不機嫌な表情のまま、腕組みをした。

 高山は、もし市場調査なしで、この事業の立て直しに取り組むとすれば、それは目隠し状態で打席に立たされることに等しいと感じていた。

「ちょっと、考えさせてくれるか…」

「ぜひ一度、ご説明する時間をください」高山は言った。

「…とりあえず、当面のことは夏希さんと打ち合わせをしながら進めてください」

 そう言うと、社長は副社長と共に会議室から出て行った。

 夏希常務は、打ち合わせ中も首を少しだけ傾け、うなずきながら、終始、笑顔のままだった。

 とにかく、市場調査の必要性を社長に説明しなければ…。

 高山は不安に駆られながらも、社長へどう説明するかを考えていた。

(つづく

※本連載は(月)(水)(金)に掲載いたします。


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