福山の怒り

「なんで、そんな手入れに手間のかかる商品を展開するんですか?」

「『ハニーディップ』ブランドは客層が広いので、OLさんも来るんだ。OLには受けるキーワードなのかもしれないけど、子供のいる主婦は、こういう素材のものは買わないねえ」

 福山は、商品を畳みなおしながら高山の質問にしゃがれた声で答えた。

「そうなんですか」

「うちの店は主婦層の比率が高いから、あの棚の商品は、今みたいに手には取るけど、結局、クリーニングが必要って書いてある表示タグを見て、棚に戻すお客様は多いんだ」

 高山はさらに質問をした。

「ならば、OLの方はドライクリーニングに出すのは苦にならないんですか?」

「勤めていると、確かにクリーニングに出さなければいけない服は多いはずだけど…。でもOLだって、洗濯機で洗えたほうが嬉しいよ。あたしがそうだもん」

「そうでしょうね…」

 高山は少し考えてから、福山に言った。

「どうして、それがわかっていながら売り場から本部に伝わらないんですか? 店頭の情報をちゃんと上げるのって、現場にいる者の義務じゃないですか」

「なにぃ?」

 もともと男っぽい福山の口調が、語尾を上げて男顔負けのより激しいものに変わった。

「あんたねえ、来たばっかりで何もわかってないくせに、わかったようなことを言うもんじゃないよ。あんた、夏希常務が連れてきたんだって? 常務がいくら社長の姪だからって言ってもね、そんなことは店には何も関係ないんだ。現場は、あたしたちが精いっぱい汗をかいて回してるんだからね」

 もともとのしゃがれた声が、興奮してさらにトーンが上がり攻撃的な響きになっていった。そして今度は逆に押し殺すようにして福山は高山の耳許で言った。

「現場のことを理解してない奴が、いろいろと偉そうに口出しして指示してくるから、このブランドがおかしくなっていくんだよ。あんたが言うようなことは、とっくにやってるよ。それでも何も変わりゃしないんだ」

「…すみませんでした」

 激昂した福山に圧倒され、高山は素直に頭を下げた。

 福山はそのまま踵を返して行ってしまった。

 高山はもともと、後先のことを考えずに思ったことを口にしてしまうことが多く、それが理由で辛酸をなめることがこれまでも何度もあった。

 今回もまた、地雷を踏んでしまった。 結局、その後の2週間は福山には相手にされず、十分な話の機会を得られないまま研修は終わった。
 

(つづく

※本連載は(月)(水)(金)に掲載いたします。


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