売れ筋のキーワード
入荷商品を段ボール箱から出し、伝票との照合を終えた高山は、午後から売り場に出て商品整理を始めた。
来店した顧客が広げた商品を、きれいに畳みなおす作業だが、来店客の店頭での動向を観察することができる良い機会でもあった。
やがて入店してきた一人の女性客を、高山は畳み作業をしながら目で追った。
30代の主婦に見えるその女性は、カットソーを手に取って広げて、デザインを確認していた。裾に手をやり、内側に付いている表示タグを見たあとに、その女性は商品を棚に戻して店を出て行った。
一連の動きを見ていた高山は、近くにいた店長の福山に声をかけて聞いた。
「今のお客様ですけど、なぜあの商品を買わずに棚に戻したんですか?」
福山は、高山の見ている棚を見た。
「ああ、あれね」
福山は、客が商品を見ていた棚に行き、商品を取り上げて高山に見せた。
「これ、昨年秋から展開を始めた『きれいめカジュアル』っていうキーワードの商品なんだよ」
「キーワード?」 高山が初めて聞く言葉の使い方だった。
「ああ、キーワードだよ」
高山の反応に福山は眉をひそめ、そんなことも知らないのか、と言いたげな露骨な侮蔑の表情を向けた。
「季ごととか、その時の売れ筋のキーワードってのがあるわけ。『きれいめカジュアル』ってのが今季の流行のキーワードのひとつなんだ」
福山はカットソーの裾部をひっくり返して、表示タグを高山に見せた。
「デザインも色合いもいいんだけどさ、これレーヨン混素材だから、洗濯機でジャブジャブ洗えないんだ」
確かにドレープ感もあり、値段を見れば、高山の目にもお値打ち感のある商品だった。
「今、入ってきたお客さんさ、多分、子供が幼稚園か小学校に行っているお母さんだと思うよ。子供に金も手間もかかるから、いちいちクリーニングに出さなければいけない服は買わないんだよ」
つくづく男みたいな口の利き方をする女性だなと思いながら、高山はさらに質問をした。