高山、鬼頭に嫌われる

 千葉ショッピングセンターでの店舗研修が終わり、高山は千駄ヶ谷にあるインスタットビルの『ハニーディップ』本部へ出勤した。

 夏希常務はブランドの責任者ではあるものの、会議の時以外は汐留の本社にいるとのことで、この日は不在だった。

 高山は研修中に毎日気が付いたことを書き続けたノートを鞄から出して、鬼頭の机に向かった。

「鬼頭さん、ちょっといいですか。店で気づいたことについて、少し伺いたいのですが」

 鬼頭は、ああ…、と言って、自分の机の横の空席を指さして、高山に座るように促した。

 高山は山のような在庫のこと、商品企画のことなど、気になったことをメモしたノートを見ながら話をし、質問した。

「鬼頭さん、どうでしょうか。なぜ、こんなことが起こっているんですか?」

「さあ、俺にはよくわからないねえ…」

 鬼頭は、高山と視線を合わせることなく答えた。

「鬼頭さん、このブランドの不振状態は、もう2年も続いているそうですけど、事業の課題って、明確になっていないんですか?」

 高山の問いに、鬼頭は真横を向いて言った。

「日々やれることはやっているけど。課題なんて言われても俺、頭が良くないから、よくわからないねえ」

 鬼頭は高山と目を合わさないだけでなく、腕を組み、しかめっ面で薄らあくびすらしていた。

「鬼頭さん、課題がわからないってことはないでしょう?」

「いやあ、よくわからないんだよなあ…」

「バックスペースを見ましたが、なぜ、あそこまで在庫が過剰になってしまったのですか?」

 この高山からの具体的な指摘に、鬼頭のこめかみに青筋が立った。

「うるせえなあ、誰も好きで商品を余らせているわけじゃねえんだよ」

 鬼頭は一瞬声を荒らげたあと、椅子を回して、完全に横を向いてしまった。

 その後も、高山はいくつか質問をしたが、まともな答えが返ってくる気配は皆無だった。周りの席にいる者たちも、二人のやり取りに聞き耳を立てているのが高山にもわかった。

 高山は「そうですか。お時間、ありがとうございました」と言い、席を立った。

 ん、とだけ言って、鬼頭は、そのまま椅子を回して自分の仕事に戻った。

 鬼頭にしろ、福山店長にしろ、いくら自分が新参者だからといって、ここまで露骨に非協力的になる理由は何だろう?

 いろいろと考えてみても、今時点でも情報不足の高山には、その理由を推測することは難しかった。高山は口元を引き締め、窓の外に目をやった。

「えらくややこしいな、この会社。どうしたものかね…」

 国立競技場の周辺の木々が、くっきりとした緑に色づき始め、風にわさわさと揺れるのを、高山はしばらく眺めていた。

(つづく

※本連載は(月)(水)(金)に掲載いたします。


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