お客様をプロファイリングする

「一方で、IT企業に勤めている方々は、おしゃれなファッションとしてであればスーツは喜んで着られます。そういう意味では、ぼくが企画した都市型、ショッピングセンター型のスーツ専門店には、その層に向けた品揃えを行い、企画や価格帯の調整も行いました」

 田村は、高山の話に聞き入っていた。

「結局、現場主義は大事なのですが、店頭での接客だけでは、お客様のライフスタイルの全体像や購買の動機も十分にはわかりません。お客様の頭の中は覗けませんから。だから、こちらで練り上げた質問に答えてもらいながら、本当の動機を明確にして、顧客像を明確にして、事業を成功させるための仮説となるシナリオを作ったんです」

 田村は何かひとりで考えている様子だった。

「そうか、プロファイリングなんだな…」

「えっ、何ですか?」高山が知らない言葉だった。

「プロファイリングだ。知らないのか。昔『FBI心理分析官』という本もあったろう?」

「すみません。知りません」

「犯罪者の残した痕跡から、犯人像を類推して犯人を特定していく手法の話だが、これは現実に捜査の現場で行われていることだ」

 多分それと同じだ、高山は思った。

「君はそれを、市場戦略を立てる前に行うわけだ」

「はい。暗いところにあるものに、様々な角度からライトを当てて、どんな形なのかを明らかにしていって、それが何かを推測する、というような感じだと思います」

「そうか、なるほど」

 田村社長の態度は明らかに変わった。

「今回も、市場の状態を把握するところから始めたいんです。お客さんの実際の動きがつかみ切れていないから、低迷状態が続いていると思います」

「君の話はわかった。今回は市場調査を行ってみたらいい。それで、戦略の精度が高まるならばよろしい」

「では、『しきがわ』の時に手伝ってもらった、腕のいいコンサルタントがいます。その方に手伝ってもらっていいですか?」

「構わない。進めていい」

「ありがとうございます」高山は満面の笑顔で答えた。 一言も発さずに隣で聞いていた夏希常務も、いつもの笑顔で首を傾げてうなずいた。