名付けて、風船大作戦!
翌日の午後、鬼頭は不機嫌そうに、『ハニーディップ』の会議室の椅子にそっくり返っていた。
「何なんだよ、この集まりは。忙しいのによお、ったくもう」
『ハニーディップ』本部のメンバーが三三五五集まってくる中、高山は、せっせとプロジェクターの準備をしていた。
開始時間の直前に夏希常務も現れた。
「高山くん、今日は何かしら。本当は用があったのだけど。何か面白い話でも聞けるのかしら?」
相変わらずの笑顔だったが、その目はいつものように全く笑っていなかった。
「すみません、お忙しいところ。突然お集まりいただき、ありがとうございます。今日は、来たるサマーセールの集客力向上のためのアイデアを聞いていただきたいと思います」
高山は、夏希常務以下、10人ほど集まった『ハニーディップ』の本部メンバーの前でプレゼンテーションを始めた。
店頭の写真を見せて、状況を説明したうえで「このスライドをご覧ください」と、絵を映し出した。
「『ハニーディップ』は、ほとんどが商業施設内に出店しています。そこで集客のため、店頭に風船の大きな束をディスプレイし、親子連れを店の前まで誘導します。さらに、店の奥にも風船の束をディスプレイし、親子連れに店の奥まで入っていただきます。すると、お母さんたちが自然に左右の棚にある子ども服を見ることになります」
高山は、風船の束の作り方、設置の仕方など、プランを丁寧に説明した。
「このプランで、セール期間の集客と売上を前年より上げたいと思います。名付けまして『風船大作戦』です」
何人かが、小さく、ぷっと噴き出した。
誰かがさらに「まんまじゃねーの、そのネーミング」と小さな声で言い、笑いが起きたが、鬼頭は、しかめっ面に腕組みをしたままだった。
「高山くん、これがあなたのアイデアなのね。はい、みんな、どうかしら?」
夏希常務はいつもの笑顔で参加者を見回したが、その色白の肌のこめかみには青筋がくっきりと立っていた。誰も常務とは目を合わせようとせず、一言も発しなかった。
しばしの沈黙の後、夏希常務は言った。
「意見が出ないということは、みんな、この案は受け入れられないということね」
夏希常務は参加者をもう一度見回して、正面にいる高山を見すえた。
「高山くん、提案をありがと。でもね、この案はグローバルモードの案じゃないわね。まだ高山くんは、うちの会社のことをよくわかっていないから無理はないけど」
中丸美香は黙って腕を組んで、夏希常務を見ていた。
「だいたい、風船大作戦なんておかしいわよね。笑っちゃうわ。ねえ、みんな?」
同意を求められ、参加者の多くが引きつった笑顔を見せた。
「今回は時間の無駄だったけど、今日は高山くんのお勉強にみんなが付き合ってあげたということでいいかしら? じゃあ、今日はこれで」