思わぬ賛同者

 夏希常務が立ち上がりかけたところで、「ちょっと待ってください」という声が聞こえた。

 中丸が手を上げていた。

「夏希さん。このアイデア、理にかなっていると思うんですけど、どうしてダメなんですか?」

「中丸さん、あなたもまだ、このブランドをよくわかっていないのだから。黙っていなさい」

 中丸はさらに何かを言おうとしたが、夏希常務は中丸を睨み付けた。

「あの、いいですか」

 今度は後方から低い声が聞こえた。みんなが振り向くと一番後列に座っていた鬼頭が手を上げていた。

「常務。これ、いけると思いますよ」

 夏希常務の顔から笑みが消えた。 鬼頭は構わずに続けた。

「このアイデア、うちの他のブランドではあり得ないですが、『ハニーディップ』は、うちの会社の中でも特殊なファミリーブランドという位置づけです。グローバルモードらしくはないですが、『ハニーディップ』らしさという意味では、全く問題ないと思いますけど」

「あたし、この案、好きじゃないわ」

 夏希常務は、いつもとは違う低い声で嫌悪感をあらわにした。

「常務、この案やりましょう。費用もたいしてかからないです。どうせ、セールの時は俺たちも売り場に応援に行きますから、風船作るくらいは俺たちの手でやれますし」

 出席者は、夏希常務の視線を気にしながらも、鬼頭の発言に目を伏せながら、うなずく者が何人かいた。 口角をわずかにゆがめていた夏希常務は、「いいわ、好きにしたら。でも、うまくいかなかったらあなたたちの責任ですからね」と捨て台詞を残して、会議室を出ていった。

 みんなの前で立ったまま茫然としている高山だったが、鬼頭は自ら、参加していた者たちに、風船の追加発注や、什器の手配をするようにその場で指示をして段取りを終えた。

 全員が席を立ったあとに、鬼頭は、高山と中丸のところに歩いてきた。 鬼頭は目を合わせず、そしてニコリともせずに、「何の責任だよなあ、ったくよお」とだけつぶやいて自席に戻っていった。