セール初日

『風船大作戦』の初日の早朝、高山は中丸を連れて、千葉ショッピングセンター店に来ていた。

 白いボタンダウンのオックスフォードシャツにストレッチの利いたタイトな綿パン姿の高山は、脚立の上に上がり、什器から伸ばした棒の先、床から2・5メートルほどの高さのところに風船の束を設置した。

「どう、遠くから見える?」

 中丸は数店舗分離れたところまで走っていき、頭の上に腕で大きく丸印を作ってみせた。

「次は、店の奥だ」

 高山が脚立を下りると、店長の福山洋子が寄ってきた。

「ちょっとあんた! 店の奥にこんなものを置かれたら邪魔なんだよ」

 子ども服の通路の奥には、立ち上げ什器が二台並び、そこには緑の網がかけてあった。

「なんだい、この網は?」

 福山が言うと「カラス除けのネットです」と高山は答えた。

「ここに、膨らませた風船をどんどん挿し込むんです」

「はあ? ゴミ捨て場のネットじゃないか、これ。むっさいなあ。こんなもの売り場に置くんじゃないよ!」

 福山が什器の脚を蹴ると、そこに風船をいくつも手にした鬼頭が現れた。

「いいじゃねえか。それで充分だ」

 鬼頭は持っていた風船をネットに挿し始めた。

「福山よ。俺もやってみて結果を見たいんだ。ちょっと、やってみねえか」

 ふん、鼻を鳴らせて福山はその場を立ち去った。

第1章<br />高山の集客アイデア、風船大作戦!

「もうすぐショッピングセンターのオープンだろ。客が入ってくるから、早く風船を挿しちまおうぜ」

 鬼頭が言うと、中丸がA4サイズのプリントアウトをパウチ加工したものを何枚も持ってきた。

「これでいいよね」

 ネットに着けるとそれは『ご自由にお取りください』という大きな表示になった。

「その字の大きさなら、モール側からも十分見えるな」

 ショッピングセンター内にオープンを告げる放送が流れ、パラパラと客が店の前を通り始めた。

 しばらくすると、子どもに手を引かれた母親が入店し、店の奥まで来て風船を取り、ついでにセール品の子ども服を手に取り始めた。

 店内にいた高山と中丸は目を見合わせ、そばにいた鬼頭も小さく、よしっ、と言った。

 午後になると子ども連れの母親が次々と入店し、どの競合店よりも『お母さん顧客』が多く入っている状態になった。

 さらに、子ども衣料を一品、手にした顧客は、レディースコーナーでも自分用の衣料を見始めた。人が多く入っている店は通行客の目に留まりやすく、客が客を呼ぶ。子ども連れではない顧客も入店し、店は大いに賑わってきた。

 福山は笑顔で、売り場での接客に汗だくになっていた。中丸も接客の応援でてんてこ舞いだった。

 バックスペースで補充のための風船をせっせと膨らませていた高山のところに鬼頭が寄ってきた。

「いい感じじゃねえか」

 鬼頭は初めて、高山に向かって笑顔を見せた。

「おかげ様で」

 お互い一言だけ交わし、鬼頭は店内に戻っていった。

                             (おわり

※本連載は(月)(水)(金)に掲載いたします。


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