就任以来、行内融和に腐心してきた頭取の中野渡謙が、暗黙の領分に踏み込んでまで担当替えにこだわったのは、審査部の対応に相当の不信感と苛立ちがあったことの表れとも取れる。
「営業第二部さんなら私ども以上にうまくやっていただけるとうかがっております。私どもとしては不本意ではありますが、銀行のためとあらばやむを得ません。大船に乗ったつもりで、後はお任せします」
 青白い額に血管を浮き立たせた曾根崎は、窮屈な作り笑いを浮かべてみせた。心にもないセリフには、「お前たちにできるのか」、という疑問と皮肉が入り混じっている。
「そういっていただけるとありがたい」
 曾根崎の思惑などまるで気にしていないふうに内藤は笑顔を見せ、「では早速なんだが、こちらの半沢君と引き継ぎに移ってもらえるだろうか。営業本部の応接室を空けてあるから、そこを使ってくれ」
 手回しのいい内藤は、手短に挨拶を切り上げた。

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「私の認識不足だったようだが、産業中央銀行はこういうハシゴ外しが得意技だったんだな」
 どっかりと肘掛け椅子に体を沈めた曾根崎は、開口一番、嫌味をいった。
 合併行においてあけすけな相手行の中傷は御法度だが、どうやら曾根崎にはそんなデリカシーはなさそうだ。
 元々が押しの強さと荒っぽさを売りにしてきた男で、深謀遠慮の参謀タイプというより、ブルドーザーで突進するような武闘派である。無論、この担当替えに相当な不満と屈辱を感じているのは表情でわかる。
「これはハシゴ外しとは違うと思うがね。見るに見かねての担当替えだろう。部下は優秀なはずなんだがね」
 半沢に話をふられ、田島は恐縮して頬を引き締めた。
「優秀な部下ねえ。こいつらがか。冗談じゃない」
 曾根崎の口調は刺々しい。「部下がやるべきことをやっていれば、帝国航空は審査部で取り仕切れたはずなんだがな。もう少し責任を感じてくれてもいいんじゃないか」