「替え刃モデル」の要(かなめ)は
製造加工技術だった

1895年、出張先のホテルで剃刀を研いでいたジレットの頭に、ついに天啓(てんけい)が訪れます。「なんでこんな厚い刃にして、いつも研(と)いでなきゃいけないんだ? 刃を薄い鋼鉄にして安くすれば、使い捨てにできる!

 当時、剃刀は鈍(なま)ってくれば研ぎ直したり、皮砥(かわと)(*2)で磨いたりして使うものでした。刃は厚く、研ぎ直しに耐えるものでなくてはなりませんでした。

 このアイデアに40歳のジレットは有頂天になり、鏡の前で踊り出す勢いでした。ところがその実現には6年を要しました。鋼鉄をそれほど薄く延ばせる技術がどこにもなかったからです。彼はMITの技術者を探し出し、その協力のもと、苦難の末に薄い鋼鉄の刃を手に入れました。

 アイデアだけだったものが、薄い鋼板の製造加工技術という無二のケイパビリティを得て、初めて「替え刃式T型剃刀」という商品になりました。

 いや、逆にいえば、もしこれが簡単につくれるものであったなら、ジレット以外の誰かがもっと早くに実現していたのでしょう。

つくり難いものだったからこそ、新しいケイパビリティを得たジレットは先行でき、そのリードを享受し続けられたのでしょう。

つくっただけでもダメだった……

 でも、つくっただけではダメでした。初年度は本体51個、替え刃168枚しか売れません。

(出所:RAZOR AECHIVE

 ジレットはめげずに、プロモーションを続けました。米欧の男性向け雑誌や新聞で宣伝キャンペーンを打ち、「替え刃式カミソリ」という新しい常識を男性諸氏に伝えました。そして女性諸氏には「クリスマスプレゼントに最適ですよ」と。

 翌1904年には本体9万本、替え刃12万枚を売り上げます。出張先のホテルでの天啓から、9年もの歳月が経っていました。

第一次世界大戦(1914~1918)時、ジレットはアメリカ軍から大量発注を受けました。1917年、兵士たちがヨーロッパの戦地に向かったら、フランス軍兵士たちがジレット製品を愛用していたのです。軍は、本体350万本と替え刃3200万枚の替え刃を購入し、兵士たちの個人用標準装備として配ったのです。

「替え刃式T型剃刀」は、アメリカ男性の「常識」となったのです。売上は1918年には本体100万本、替え刃はその12倍の1億2000万枚に達し、ついにジレットは「替え刃(で儲けるビジネス)モデル」を成功させます。

*2 研ぎ皮。刃物を研磨する目的で、皮に非常に細かい研磨剤を塗り込んだもの。