そろそろ復活して
自分のクルマを買ってくれ
杉本 本にも書きましたけど、エスグラントが厳しい時期に藤田さんは株を持ち続けてくれたでしょ。藤田さんのところの子会社の社長と仲良くてよく一緒に飲みに行ってたんですけど、彼からも「藤田さんがエスグラントの株は売るな」と再三言っていたと聞きました。結局ご迷惑をかけてしまいましたが、うれしかったんですよ。
藤田 かなり美化して書かれていたね。実際、当時はもう株価が安くなっていたから、売るよりも、いつか持ち直して10倍20倍になる可能性もあると考えていた。本を読んだ社員からも「社長、男気ありますね」なんて言われたけれど、会社として投資しているのだから、男気で運用はしないよ。
杉本 それはそうですね。
藤田 当時の当社の経営陣で「早く売れ」と言っていた者は、自分のことが悪く書かれていないか戦々恐々としながら読んでいたよ(笑)。
杉本 ははは。そういう方はけっこういます。キックバックのエピソードを書いた人には事前にイニシャルくらいは書いていいか確認したんですけど「絶対にばれるからからやめてくれ」って。泣いて頼まれました(笑)。
藤田 「B」って呼ぶ話だね。不動産業界って怖いと思ったよ。
この頃から、怪しい業者が会社に訪れてはキナ臭い話が持ち込まれるようになっていた。末期症状のエスグラントを食い物にしようとするハイエナたちだ。ある日、それまでにも数回顔を合わせたことのある仲介業者が、珍しく食事に行こうと誘ってきた。エスグラントの物件を購入できるかもしれないと言われ、藁にも縋る思いで用意された宴席に出た。
「杉本社長、苦しい現状をお聞きしてますよ。今日は御社、いや杉本さんにとってメリットのある話をお持ちしました」
「何でしょうか?」
「杉本さんの会社で青学の近くにビルを持ってるでしょう」
「はい。あります」
「あれ、売っていただけませんか?」
「値段次第です。失礼ですが、近頃買う買うと言って最後に梯子を外されるケースが多いものですから、資金証明をいただいてのことになりますが」
「承知してます。価格は3億円で考えてます」
渋谷区の青山学院大学のそばにあるビルは、購入価格が8億円だった。いくらマーケットが低迷しているとはいえ、最低でも5億円はする物件だ。
「お引き取りください」
「いや、最後まで話を聞いてください。当社に3億円で売っていただけるよう 銀行を説得してくださったら、杉本社長にBで1億円出しましょう」
Bとは業界の隠語で、キャッシュバックのことだ。私は一瞬思考が止まった。このタイミングに、この手の金の話を持ってこられた人間は本当に辛い。私の唇が震えるのを見て、業者の社長が畳みかけてくる。
「みんなやってることです。何も杉本さんだけじゃない。このマーケットでは、もうしようがないんですよ」
「いや、でも……」
「杉本さん、目を覚ませ。沈没船から逃げるなら、今しかない」
止まっていた私の思考が動き始めた。
「いや、やっぱりお断りします。第一、うちは上場企業ですし、ただでさえ目立つこの時期にそんなことできるわけがないでしょう」
「杉本さん、それ本気で言ってますか?」
「もちろん本気ですよ」
「あなたはそんなだから会社を潰すんですよ」
「まだ潰れてませんよ」
「本気で助かると思っているのか?」
「思っている。だからあんたの取引に乗らないんじゃないか」
「遅かれ早かれ、御社は潰れるよ。どうやって次の会社の資金を出すんです?」
「エスグラントは潰れませんよ」
「なるほど。噂通り本物の馬鹿だな、君は」
「失礼します」
私は鞄に物件資料を詰め込んで立ち上がった。
あんな輩の言葉に一瞬でも流されそうになった自分が悔しかった。(『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』本文より)
杉本 あと、当時本当にありがたいと思ったのが、苦しい時期に電話をいただいたでしょ。「大丈夫か? 大丈夫なわけないか。でも、ゴルフ行こうよ」って。お金もクルマも心の余裕もありませんとお断りしようとしたら、当時、わざわざうちまで車で迎えに来てくれて。
藤田 そう、何回も恵比寿の1LDKの部屋に迎えに行かされたなあ。
杉本 はい。「本当に『ワンルーム男』(2006年にアメーバブックスから出版された杉本氏の著書)になっちまったなあ。ゴルフ代奢るのはいいけど、なんで俺が送り迎えまでしなきゃいけないんだ」ってぶつぶついいながら。
藤田 言っていたね。
杉本 それで、何度か迎えに来てくれた最後に「杉本くん、そろそろ復活して自分のクルマ買ってくれ」と言ってくださったのを、今でもすごく覚えてるんです。一人の部屋に帰ってから、本当にありがたいなと、涙ながらに。
藤田 また、そうやって話を美化する。
杉本 いえいえ、本当にありがたいことだと思ってますから(笑)