3月28日、吉本が大東学園病院へ見舞うと、ドビュッシーを勉強するので楽譜を入手してくれ、と頼まれる。病状は悪化していた。

 4月5日、NHKの依頼で「冬の旅」全曲を録音する。

 4月9日、NHK第1スタジオで「蝶々夫人」の「ある晴れた日に」、「ハミングコーラス」、「プッチーニとの思い出を語る」、義太夫「三十三間堂棟由来」から「木遣歌」、「蝶々夫人」より「操に死ぬるは」を録音した。管弦楽の指揮はクラウス・プリングスハイム。舞台裏に簡易便器を用意していたそうだ。

 4月16日、NHKで3回目の録音。「庭の千草」、「ケンタッキー・ホーム」、「ホーム・スイート・ホーム」などのポピュラー曲を管弦楽の伴奏で収録。これらの録音は現存している。

 4月25日、東京大学附属病院泌尿器科に転院。

 5月24日、吉本が見舞う。環は昏睡状態にあったが、ドビュッシーの「バルコン(露台)」をフランス語で歌い出したという。

 5月26日、永眠。63歳だった。

 三浦環の全盛期は1910-20年代だったと思われるが、残念ながら当時録音された音は貧弱で、想像するしかない。1930-40年代の録音は比較的鮮明に残っている。次回は録音をいくつか聴いてみることにする。

★参考文献★

小杉天外『魔風恋風』(新潮文庫、1938、初出は春陽堂1903-04)
三浦環『歌劇お蝶夫人』(音楽世界社、1937)
服部良一、古賀政男、堀内敬三ほか『ジャズ音楽』(アルス、1939)
『日蓄(コロムビア)三十年史』(日本蓄音器商会、1940)
吉本明光『三浦環のお蝶夫人』(音楽之友社、1955、初出・右文社、1947)
コロムビア五十年史編集委員会編『コロムビア五十年史』(日本コロムビア、1961)
帝劇史編纂委員会『帝劇の五十年』(東宝、1966)
福田俊二『日本流行歌年表』(彩工社、1968)
日本ビクター50年史編集委員会編『日本ビクター50年史』(日本ビクター、1977)
瀬戸内寂聴『お蝶夫人(小説三浦環)』(講談社文庫、1977、初出・「宝石」1968年1月号-12月号、光文社)
小林一三『宝塚漫筆』(阪急電鉄、1980、初出・実業之日本社、1960)
北中正和『ロック』(講談社現代新書、1985)
倉田喜弘『日本レコード文化史』(東京書籍、1992)
山田耕筰『自伝 若き日の狂詩曲』(中公文庫、1996、初出・講談社、1951)
松井須磨子『牡丹刷毛』(日本図書センター、1997、初出・新潮社、1914)
團伊玖磨『私の日本音楽史』(NHKライブラリー、1999)
高野正雄『喜劇の殿様――益田太郎冠者伝』(角川選書、2002)
三和良一、原朗編『近現代日本経済史要覧』(補訂版、東京大学出版会、2010)