宮澤がさらにその理由を尋ねると、田中は、「マスコミに媚びない」と答えた。

 イメージ時代とかで、多くの政治家が少しでもマスコミに登場しようと浮き足立っている中で、「マスコミに媚びない」姿勢は貴重である。

 小沢の場合は、自分の言うとおりにならないからマスコミを嫌っている側面もあったが、信念を貫いてマスコミを追わない小泉は、逆に、しばしばマスコミに追われた。

「国民に犠牲を強いる行政改革を主張する以上、永年在職議員表彰と、それに伴う特権は受けない」

 在職25年を迎えた小泉が、2年前の自民党総裁選で公約した表彰辞退を衆議院事務局に通知して話題になった。「それに伴う特権」とは、月額30万円の特別交通費の生涯支給などだった。

 小泉を含めてYKKといわれた盟友の山崎拓や加藤紘一も同じく表彰対象者だったが、辞退したのは小泉だけだった。

派閥の効用を説き独裁を戒めながら
自らは独裁に

 田中秀征が自民党を離党する前、『週刊東洋経済』に頼まれて、同誌の1992年3月14日号から3月28日号まで3週連続で「政治家と政治改革を斬る」という座談会をやったことがある。私が司会で、自民党から他に2人連れて来てほしいと田中に頼んだら、田中が小泉と武村を引っ張ってきた。

 そのときの小泉の発言で印象に残ったのは、選挙は高校野球に似ていて、おカネを使って選手を集める私立の有名校がたいてい勝つが、そうではない公立高校が甲子園に出てくる場合もあるということだった。その発言から、ある意味での国民への信頼が伺われたのである。