ある事業ニーズが消えると、
次のチャンスを探す空白が生まれる

 先にご紹介した「探索→離脱」の4つのサイクルは、ビジネスパーソンであれば誰もが知識としては理解しているものです。問題は、その離脱をどれほど効果的にできるかです。

 どのように手を離すか、どのタイミングで手を離すかです。中には、市場から強制的に離脱を押し付けられるケースがあります。これは収益性がなくなった、ライバルに完全にシェアで負けるようになったなど、外的な要因によって既存の事業が続けられなくなった状態を指します。

 過去、日本企業に体力があった時期ならば、特定の事業から撤退が決まったとき、消滅する事業部の人員は、他の事業部で吸収することができましたが、現在では事業部の解消はそのままリストラと再就職支援につながる、厳しい結果が待っています。したがって、古い事業ニーズが完全に消滅し、市場から退場を命じられる前に、新しいニーズを探索する余裕がある段階で、あえてどこかで離脱をすることが必要になるのです。

 書籍『戦略の教室』でご紹介した多数の戦略の中でも、野中郁次郎氏の『知識創造企業』、ジェームズ・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』、ミンツバーグの『戦略サファリ』、ゲイリー・ハメルの『経営の未来』、ジョエル・パーカーの『パラダイムの魔力』など、まさに健全な離脱を主要なテーマにしている戦略は多いのです。

 過去のビジネスのニーズが消滅していく、ライバル企業に別の形で顧客を奪われるなどの苦境に遭遇した時、一時的に新たなチャンスを探す空白が組織に与えられているのです。ところが、いつまでも「離脱」を決意できず古いビジネスにしがみついていると、やがて体力を奪われて衰退し、新たな挑戦ができなくなります。そのため上記のような戦略書は、「計画的な離脱」「効果的な離脱」をおこなえるように、有効な発想や手段を私たちに提供しているのです。

賞味期限切れの目標から、
計画的に離れる戦略が企業を永続させる

 ジェームズ・コリンズが書いた『ビジョナリー・カンパニー』では、長期にわたり卓越してる企業はときに社運を賭けた大胆な目標を掲げます。コリンズはこれをBHAG(Big Hairy Audacious Goal)と呼んでいますが、ボーイング社が新型旅客機の747の開発に全社の力を注いだような形で、次の飛躍を生み出しているのです。

 コリンズの指摘は、BHAGを掲げることで優れた企業が定期的に過去の目標から離れる機会を創り出していることを示しています。自らの能力や魅力を新しくするため、あえて無謀と思えるような大きな目標を掲げ、社員全員をぬるま湯から叩き出す必達の目標としているのです。

 日本の企業史を振り返っても、戦後から躍進をはじめて今日まで命脈を保っている企業は、時代の転換点で社会の変化に先んじるため、コリンズの指摘するBHAGを掲げてきたことがわかります。賞味期限切れの目標から、誰かが企業を次の成長路線に乗せる必要があり、優れた日本の経営者は直感的にそのようなことを成し遂げてきたのです。

 今、日本経済はかつてないほどの閉塞感に包まれており、行き詰まりを見せている業界や業態、企業が少なくありません。過去目標として掲げてきたものが劣化して、社会のニーズと合わなくなっていることがその原因であり、今ほど日本のビジネスマンが「離れる戦略」を学ぶべき時期はないと言えるほど、緊急性を持つテーマでもあるのです。

 転職でキャリアアップができる人、収入を増やす人もいれば、悲しいほど収入を減らしてしまう人もいます。そのポイントは自分の強みを高く評価してくれる環境を、積極的に探して手に入れたかどうかにあると言えますが、企業の「離れる戦略」も同じことが言えます。

 自社の生産資産や技術的財産、そのほかの強みを活かすことができる別の目標にエネルギーを振り向けることができたか。ネガティブな転職のように、単に職場に不満があったために後先を考えず辞めてしまったという場合は、次の目標を探すことができないままに特定事業から撤退したことに似ています。

 離れる戦略とは、単に賞味期限切れの目標を手放すだけではなく、その手が空いたことで新たに優れた目標を掴むことまでできてはじめて成功したといえる行為なのです。