胃瘻の造設がこの2、3年問題視され、延命治療の典型と言われてきた。日本老年医学会は一昨年「胃瘻は必ずしも再先端の高度治療法ではない。患者のQOL(生活の質)を優先しなければならない」と胃瘻への「反省」を宣言し、疑問符を投げかけた。だが、療養病床の現場ではまだ意識転換が進んでいないようだ。

 と言っても、医療関係者だけが責められるべきではない。重度の要介護状態になっても、本人がきちん死のあり方について意思表示をしないまま家族の判断に委ねてしまいがちだ。家族は延命治療を拒否するだけの決断はしにくい。そんな状況の中で、医療関係者は「命を守るために最善を尽くす」という医学の「常識」を貫き通さざるを得ない。個人主義が徹底されず、家族依存が高いためだ。

 まず、本人の意志決定が重要である。そのためには国民全体の意識転換が進まねばならない。

 重篤な入院者が多い介護療養病床では4人部屋のベッドが並び、ほぼコミュニケーションがとれないまま寝たきり状態で横たわる姿をよく目にする。おそろいのパジャマ姿で所在無げに廊下を行き来する、明らかに認知症の入院者を見かける。

 車椅子からずり落ちないように、ベルトで固定された状態も目にした。夜間は、胃瘻のチューブを抜かないように、両手をベッドに縛られる拘束もある。

 介護保険が謳う人間の尊厳との乖離は明らかだ。

 確かに、訪問診療を手掛ける在宅医療の診療所や訪問看護師を送る訪問看護ステーションはまだまだ絶対数が足らない。自宅でない「第二の自宅」としてのサービス付き高齢者住宅(サ高住)の制度は始まってまだ3年。在宅医療や在宅サービスの普及、浸透は緒に就いたばかりかもしれない。

 多くの国民には「在宅看取り」が実感し難い。だが、移行期に入っていることには間違いない。次の時代を切り開くには、過去の遺産は早めに振り切らねばならない。

 在宅看取りへの実践例を積み重ねて、医療関係者の意識転換を促すのが政策担当者の役割ではないだろうか。

 加えて、財政面からも高額な介護療養病床を廃止し、ケア付き住宅へ移行すれば、その分、在宅サービスを増やせるはずである。時計の針を逆回転させる施策は多大な問題を孕み、将来につけをまわすことになりそうだ。