市側「津波は想定できなかった」との反論に
遺族が強い怒りと失望訴え

大川小第3回弁論、原告側現場検証申請で真相究明へ <br />石巻市は変わらず「津波想定できなかった」と反論小学6年の勇樹くんを亡くした佐藤和隆さんは法廷で「裁判の場で石巻市が、「大川小に津波が到達すると想定できなかった」と繰り返し述べ続けることに私たち遺族は失望し、強い憤りを感じざるを得ない」と陳述した Photo by Y.K.

 さらに、小学6年の雄樹君を亡くした遺族の佐藤和隆さんが、遺族を代表して現段階の気持ちを陳述した。
             
「柏葉校長は、平成24年3月18日、河北総合支所での話し合いの際、私たちから『3月9日の地震の際、校長先生と教頭先生と教務主任と、津波が来たら山に逃げようと話しあった』と認めている。平成23年6月4日の第2回保護者説明会でも、柏葉校長は、『北上川の堤防を越え、学校まで津波が来ないということは言えないということで話しました。もし、そのような津波がくるような場合は、高台に逃げるほかないと。その場所に考えられるのは、竹林のところを通って山に登るということでした。竹林を登った後は状況をみて下に降りるか、又は釜谷トンネルの入口付近を目指して避難したほうがよいか、そこで判断する。と教頭、教務と3人で話しておりました』と説明しています。

 どうして石巻市は、『津波は到来すると想定できなかった』と繰り返すのでしょうか。石巻市の書面が出るたびに、私たち遺族は強い怒りと失望を禁じ得ません」

 遺族としての思いが詰まった陳述の終わりには、高宮裁判長に向かって、

「どうか、この裁判で子どもたちがなぜ死に至ったのかの真実を発見するための審理を、強く、強く、お願いしたいのです」

 と語り、さらには被告席を向いて、

大川小第3回弁論、原告側現場検証申請で真相究明へ <br />石巻市は変わらず「津波想定できなかった」と反論裁判後の会見で語る佐藤和隆さん
Photo by Y.K.

「どうか、裁判長をはじめ、被告石巻市や宮城県の方々には、この裁判の場で、一緒になって『なぜ子どもが死ななければならなかったのか』という点について、共に真実を発見しようではありませんか」

 と呼びかけた。

 一方、被告の市側も準備書面を提出。「津波が到来することの具体的な予見は不可能だった」と繰り返したうえで、「地震発生前から、裏山の整備などの対策を講ずべき義務や、津波災害時の避難場所、スクールバスによる避難体制を設定しておくべき義務があったものとは認められず、大川小学校教職員らに義務違反があったとは到底言えない」と反論した。

 次回弁論は、来年4月24日の午前10時から行われる予定。

(加藤順子、池上正樹)