2つめの理由:「部下は自分を支えるためにいるのではない」

 料理人として大きな挫折を味わった榎園さんは、このまま別の店の料理長となっても、また同じことになるからと、アルバイト生活を送ります。その間、なんと2年間。その中で多くの気づきを得たといいます。

「企業向けの仕出し弁当を作る工場で働いていた時のこと。朝3時からお弁当におかずを詰めるのですが、ベテランのおばちゃんに『もっと速くやりなさいよ』と怒られたので、猛スピードでやったのです。

『どうだ』と得意になっていたら、弁当屋のオーナーから、『榎園さん、このお弁当、400円もいただいてるんだから、もっと丁寧に盛りつけて』といわれました。

 ショックでした。私は4万円の料理を作っていた人間、400円の弁当なんて料理ではないと、どこか驕った気持ちがあったのです。また、食堂の皿洗いをやりながら『自分は今まで洗い場の人にどう接してきたかな』と、考えたりもしました」

 今までと違った生き方をしたい、と考え始めた矢先、「六雁」を一緒に立ち上げることになるオーナーと出会います。

「今まで、部下は自分を支えるためにある、と思ってきた。でも今度は仲間を育て、自分を超える職人を育てたい」と話したところ、オーナーと意気投合。人を育てる料理店づくりがスタートしました。

 オープニングメンバー9名の採用は人柄重視。面接に10時間かけたこともありました。内装は大工さんと一緒に全員で行い、店の象徴ともいえる、7階の銀杏の一枚板を使った大テーブル(写真)も全員の手で運び上げたそうです。

新人を下働きさせ、けっして表舞台に出さない料理の世界。でも、カリスマ料理人がオープンしたのは、自分ではなく“部下たち”が輝くお店だったのです。従来の常識を打ち破るこの育成手法は成功するのでしょうか?【後編】の「Reflection 中原淳の視点」もお楽しみに。