ここ10年ほどで、脳の働きに関する研究は飛躍的に進歩した。噛むことで、脳が想像以上に刺激されることが知られるようになったのも、最近になってからだ。

 この分野の研究の第一人者である齋藤滋・元神奈川歯科大学教授によると、よく噛むと脳の老化が防げるという。

 脳の中で記憶を司る「海馬」という部分は、年齢とともに萎縮し、物忘れなどが起きてくる。これは脳の老化現象の一つで、誰もが避けることのできない事実だ。しかし注目すべきことが分かった。

 この海馬の神経細胞は、鍛えれば再生するというメカニズムを持つことだ。しかもそれは、「噛む」ことによって活性化するらしい。

 齋藤氏の研究グループによると、臼歯を削られた老齢マウスでは記憶力が低下したが、削り取った歯を治療してよく噛めるようにしたら、記憶力を50%も回復させることができたという。

 「よく噛む」ことで、神経細胞の活性化を向上させることがこれで証明された。海馬の神経細胞の数の測定でも、よく噛めるようにしたマウスのグループでは、神経細胞の数が回復していることが確認されている。

 このことは人間にも当てはまる。ガムをよく噛んでもらったあとで、脳の様子をMRIで観察してみると、海馬や連合野の領域が活性化されているのが分かる。この変化は高齢者の方が顕著だという。

 つまり、よく噛んで食べれば、記憶力の低下など脳の老化が防げるということだ。

 しかし、最近の日本人は、ものを噛まなくなってきた。卑弥呼の時代の人々は、現代の日本人の6倍以上の咀嚼を行っていたとされる。

 なぜなら当時の食事は、もち玄米のおこわ、カワハギの干物、乾燥させたクリやクルミなど、いたって噛みごたえのあるものばかりだったからだ。

 柔らかな食材に囲まれた現代人は、せめてよく噛むことを意識してみる必要がある。目標は、1口30回、一食あたり1500回噛むこと。脳の老化防止だけでなく、ダイエットにも役立つ「よく噛む習慣」を身につけたい。