「気が強い女性」
「気が弱い男性」ではいられない不自由

 これは「気の強い男性に質問です 気の強い男性はどうして気の強い女性を好きにならないのでしょうか(以下略)」という内容でした。ベストアンサーは、「ぼくはどちらかというと、自分が女の人を守ってあげたい!って思います。気が強いとそれができませんよね」。

 このほかにも、「僕は気が弱い草食系男子ですがそれでも女性には負けないので守りますよ~^^男の性です 自尊心を満たしてくれる女性。はねつけられるとプライドが傷つきます^^;」「僕は気の強いほうが好きですけどね 最初は気が強かったのにどんどん弱らせてくって言うのが好きです」などの回答……。

 回答者の性別は分かりませんが、「ほとんどの男は気の強いフリをしてるだけですよ」という回答もありました。そもそも男性は気が強いものという前提があり、男性に生まれたというだけでそう振る舞うことを余儀なくされているなら、それはそれで大変ですよね。

 アインシュタインは「常識とは18歳までに培った偏見のコレクションである」と言ったそうですが、自ら偏見の鎧を着ているがために、「気の強い女性」「気の弱い男性」でいられないとしたら不自由なことです。気が強いことで自己嫌悪を感じる女性、気が弱いことで後ろめたく思う男性、どちらもそんな必要はないはずです。

「気の弱い女」、
本当はいない?

 余談として。女優の秋野暢子さんは、「気が弱いように見せているけれど、気の弱い女はいない。成熟しているように見える男はいるけれど、本当に成熟している男はいない」と言ったことがあるのだとか。男性のことはわかりませんが、「気の弱い女はいない」には一理あるなあと思います。