一皿500円の本マグロの刺身に、本わさびが

 丸一食堂は家族経営だ。かつては明治生まれの主人、細田一治(かずはる)、ナオ夫妻が料理、サービスを担当していた。いまは拓男(たくお)、美世子夫妻と長男、昌義がやっている。刺身、焼き物、揚げ物などは父と息子が作り、厚揚げ、ひじきなどの煮物は美世子が担当する。

 いちばん人気のおかずは刺身だ。マグロ、イカ、甘海老と種類は決して多くはない。しかし、マグロなどは時に生の本マグロが出てくる(メバチマグロの時もある)それでも一皿500円。破格である。しかも、刺身に添えてあるわさびは本わさびだ。信じられない。アメージングではないか。

「粉わさびはマグロの味を引き出さない」

 調理担当の長男、昌義は当たり前だといった顔をした。

 丸一食堂は庶民のための店である。それなのに、冷凍ではない本マグロの刺身に本わさびを付けて出す。料理人の心意気とはそうしたものを言うのではないだろうか。

 昼の1時を過ぎると、いったん、のれんを外す。朝一番から働いているので、みんな、お腹が空いている。おかずの棚に残っていたものをそれぞれがまかないとして食べる。ある日はひじきの煮物、そのまたある日は野菜炒め…。とんかつが出ない日は全員、とんかつをほおばるし、本マグロの中落ちを食べることだってある。加えて、副菜として、おかずの棚からフキ味噌、豆の煮たもの、白菜漬けなども取ってくる。とても充実したまかないだ。むろん、そうしたものはすべて手作り。冷凍食品を揚げたり、業者から仕入れたものではない。

 小学校が休みの日にはまかないの時間にふたりの女の子が登場する。昌義の娘、9歳のゆうきちゃん、6歳のなつきちゃんである。ふたりは働くお父さんの横に座って、一緒に食べる。お父さんが食べているものに箸を伸ばす。お父さんは皿ごと娘にあげてしまう。丸一食堂のまかない風景には家族の情愛がある。