おじいさんの味付け

「うちの料理の味付けはみんなおじいさん(細田一治)です」

 美世子は言う。

「おじいさん、元は下駄屋でした。ところが。昭和20年代後半になると、下駄を履く人が少なくなった。それで、店を畳んで近所の米屋に勤めたんです。米の配達をしているうちに、お客さんから、『細田さん、料理が上手なんでしょ。食堂をやったら』と言われたらしい。それで、始めたんです」

 一治は戦争中、小笠原諸島で本土の守りについていた。その時に炊事当番兵となり、兵隊たちの料理を作った。塩、砂糖、醤油、味噌といった基本の調味料を使った簡単な料理だったが、兵隊たちは一治の作ったものを「うまい、うまい」と食べた。

 いまでも、丸一食堂の煮物はだし、砂糖と醤油だけで作る。酒、みりんは入っていない。現在、ちょっとした和食屋で出てくる煮物には必ず、みりんや酒が入っている。酒、みりんを入れると確かに、うまみは増幅する。しかし、なくてもご飯は食べられる。丸一食堂で出てくる料理の味は戦後日本の素朴なそれだ。

「うちのおじいさん、小笠原が戦場になった時、米軍の鉄砲の弾を食らったことがあるんです。脇腹を貫通したんですって。私が『痛くなかったんですか?』と聞いたら、『ああ、腹んなかをすっと風が抜けた感じだったな』と言ってました。さすが、明治生まれの男です」

 丸一食堂で明治の男が作った味をかみしめると、白いご飯が何杯も食べられる。


「丸一食堂」

◆住所
神奈川県川崎市川崎区大島3-17-9
※臨港バス・大師行で四ツ角下車
鶴見線・浜川崎駅から徒歩約12分
◆電話
044-333-9288
◆営業時間
06:30~ 
日曜休み