小説「昭和の女帝」のリアル版 辻トシ子の真実#12自民党幹事長を務めていた大平正芳と辻トシ子(弁慶橋清水で、1977年2月6日撮影)

元首相で旧宏池会前会長の岸田文雄は、辻トシ子について「(宏池会が)政権を取りにいく際、大きな意味を持っていた」と語った。『昭和の女帝 小説・フィクサーたちの群像』のモデルである女性フィクサーの謎に迫る、特集『小説「昭和の女帝」のリアル版 辻トシ子の真実』の#12では、宏池会に政権を握らせるために、辻トシ子が具体的にどんな工作を行っていたのかを、彼女の手帳や米国の大物ロビイストが残した書簡を基に明らかにする。大平正芳内閣誕生の裏で、日米のフィクサーたちはどんな密謀を巡らせていたのか。(ダイヤモンド編集部副編集長 千本木啓文)

福田vs大平の自民党総裁選のさなか…
辻がセットした大平邸での米上院議員との密会

「保守本流の女帝」といわれた辻トシ子は、自民党総裁選挙にも多大な影響を与えていた。元首相で旧宏池会の会長でもあった岸田文雄は「(宏池会として)政権を取りにいく際に、辻さんの存在、人脈ですとか活躍が大きな意味を持っていた」と明かした(詳細は本特集の#4『岸田元首相が激白「辻トシ子さんは、宏池会が政権を取りに行くとき大活躍した!」池田、大平、宮澤政権発足の裏で暗躍した女性フィクサーの実像とは』参照)。

 辻トシ子は、宏池会のボスに政権を取らせるため、具体的にどんな裏工作を行っていたのか。閣僚人事を左右していたとも報じられたが、彼女の影響力はどの程度のものだったのか。まさに、それが筆者の取材の最大の「壁」だった。取材を始めて4年間は小粒のネタしか得られなかった。

 ところが2025年夏に、米国の公文書などに基づいて政治史を研究している国際日本文化研究センター機関研究員の進藤翔大郎と協力を始めてから徐々に彼女の暗躍ぶりが明らかになっていった。

 進藤は、米国で辻トシ子に関する史料を大量に取得していた。筆者の手元には、彼女の手帳と大量の写真があった。史料と手帳などを照らし合わせれば何か分かるかもしれないと考えた。

 進藤と初めて会う際、筆者から、「気になる年月日を事前に教えてくれれば、手帳を調べておく」と伝えた。すると、「1978年11月11日」というリクエストがあった。

 手帳には欠落した年が多かったが、幸い1978年のものは残っていた。指定された日のページをめくると、「大平邸」「ストーン」という記載があったが、それだけでは意味が分からない。しかし、進藤によれば、その日の出来事は日本政治にとって重要な意味を持つという。

 辻トシ子が政局を動かす舞台となったのは、首相の福田赳夫と自民党幹事長の大平正芳が争った同年の党総裁選だった。彼女は、ライバルの福田派の既得権を切り崩し、宏池会に近い企業に利益をもたらす方向に日米の貿易交渉を誘導するべく、密かに働き掛けていたのだ。

 その裏工作の中身に入る前に、辻トシ子が米国案件を取り扱う際に頼りにしたパートナーについて触れたい。

 そのパートナーの名は、K・スガハラ(菅原敬一)という。最も成功した日系二世の一人といわれ、「海運王」とも称された人物だ。

米大統領ロナルド・レーガンと握手するK・スガハラ米大統領ロナルド・レーガン(中央)と握手するK・スガハラ。左端は、首相の中曽根康弘

 スガハラは恵まれない環境から這い上がった苦労人だ。太平洋戦争中には米国でひどい差別を受けた。

 1909年に米シアトルに生まれ、幼くして両親を亡くした。島根県出身の母は26歳の若さで、宮城県生まれの父は42歳で死去した。スガハラは苦学の末にUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)を卒業し、通関業務を請け負う会社を起こした。

 ところが、事業が軌道に乗り始めた32歳のとき、日米開戦となり、再び人生が暗転する。財産を没収され、他の日系人と一緒に馬の糞尿の臭いが立ち込める厩舎に収容されてしまった。

 そこから、アウシュビッツ強制収容所に送られるユダヤ人のように、真っ暗な鉄道車両に載せられてコロラド州の強制収容所に移送される。生きる気力を失ってもおかしくない状況だ。

 だが、彼はこの逆境の中で、人生を変えるチャンスをつかむ。収容所内でリーダーとして台頭し、CIA(米中央情報局)の前身である情報機関OSS(米戦略情報局)からスカウトされたのだ。OSSでは、日系二世として米国への忠誠心を示すために、ビラやラジオ放送を使って日本軍の戦意を失わせる作戦に従事した。

 戦後は、最近でいうところのジャパンハンドラー的な役割を果たした。その第一歩が、アメリカ対日協議会(ACJ)の創設に深く関わったことだ。ACJは、GHQが推進した財閥解体などのリベラルな政策を逆戻りさせる、いわゆる「逆コース」を後押しする圧力団体として1948年に設立された。発足して間もないACJは資金が潤沢でなかったため、スガハラがニューヨークで経営する真珠商会のオフィスに居候していた。

 1950年に朝鮮戦争が勃発すると日本に渡り、米軍のために戦車やジェットエンジンの製造に欠かせないタングステンを調達するために奔走。彼は、300万ドルを米政府から与えられ、東京を拠点に戦略物資を探し求めた。活動資金を前払いしたのはCIAだった。

 スガハラは、日本海軍のために買い集めた戦略物資を隠し持っていた児玉誉士夫と取り引きすることで、タングステン500トンの調達に成功した。その実績によって米国の政府やエスタブリッシュメントから信頼を得た彼は、日米間に生まれる巨額利権に食い込んでいく。利権の代表格が、石油だった。彼は日本に石油を輸送するタンカー数十隻を所有し、巨万の富を得た。“二つの祖国”の間で上手く立ち回り、成り上がったのだ。

 ところが、絶好調のスガハラを、1973年に始まった第1次オイルショックが襲う。不況による海運市況の低迷により、スガハラが経営する海運会社、フェアフィールド・マックスウエル(FM)社が甚大な損失を被ったのだ。「発注したタンカーのキャンセル料だけで、1隻分の建造費に相当する額を支払ったほどだった」(同社関係者)という。

 追い詰められたスガハラが、起死回生の一手として目を付けたのが日米貿易摩擦という日米の外交問題だった。両国間の貿易自由化交渉を商機に変えるため、二人三脚で取り組んだパートナーが辻トシ子だったのである。彼は辻トシ子が1961年に三十六会という個人事務所を立ち上げた当時からの一貫した支援者であり、最大のスポンサーだった(三十六会についての詳細は本特集の#11『「昭和の女帝」辻トシ子が大蔵省、通産省などの官僚を意のままに動かせた秘訣は?霞が関を掌握することで銀行、トヨタ、電力会社も影響下に』参照)。

 次ページでは、日本の政界だけでなく、トヨタ自動車や国内の青果卸業界も巻き込んだ、辻トシ子とスガハラの密謀の全容を明らかにする。彼女はスガハラに、自民党総裁選のインテリジェンスまで提供していた。大平内閣発足のために彼女はどんな貢献をしていたのか。


 

『昭和の女帝』書影

昭和の女帝
小説・フィクサーたちの群像

千本木啓文著

<内容紹介>
自民党の“裏面史”を初めて明かす!歴代政権の裏で絶大な影響力を誇った女性フィクサー。ホステスから政治家秘書に転じ、米CIAと通じて財務省や経産省を操った。日本自由党(自民党の前身)の結党資金を提供した「政界の黒幕」の娘を名乗ったが、その出自には秘密があった。政敵・庶民宰相との壮絶な権力闘争の行方は?

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『昭和の女帝』ドキュメンタリー動画